あれから影山と気まずくなってしまうかと思ったが、わりとそうでもなかった。翌日朝イチの挨拶は死ぬほど緊張したが、影山が案外ふつうに「おス」と片手をあげてくれたので、わたしも力の抜けた笑顔を浮かべることができた。


「なあ数学教えて」
「範囲は?」
「次の小テストのとこ」
「あー、えーっと」


先週末に配られた課題を頭に浮かべる。たしか、あのプリントから出すぞって、言ってたような。影山は知ってるだろうか。聞いてみたら、案の定「そうなのか?」という返事。驚かない、わたしもう驚かないよ影山。にこやかに笑みを浮かべて、ぽんぽんと机をたたく。影山はたいへん素直に、わたしの隣の席に座った。自習時間を睡眠に費やさないようになっただけ、とんでもない成長だと思う。先生という監督役のいないこの教室で、いったい何人の生徒がまじめに勉強しているのだろう。


「この前教わった公式は覚えた?」
「どれだ」
「Dのやつ」
「おう!」


 珍しく威勢のいいお返事。いつもならこの類の質問をすると、ぐぬぬって感じで目をそらすのに。影山が持ってきた教科書を右手でさらって、ノートを開かせる。書いてみて、と言うと、すごい、おどろくほどさらさらっと正解を書き出した。じゃあ、とちょっといじわるな質問をしてみた。「応用のは?」ぴた、とシャーペンを握る手が止まる。ゆっくりわたしの顔を見て、ぐぬぬ、って顔をして、目をそらした。ふふ、詰めが甘い。


「これは覚えてない?」


 影山の書いた公式の下に、D/4=、と書いて、反応を見る。表情の感じからすると、どうやら見覚えはあるらしい。めざましい進歩だ、ほんとに。授業、ちゃんときいてたんだ。えらい、えらいぞ影山。


「わ、……っかんない、デス」
「素直でよろしい」


 悔しそうな顔がかわいくて、思わず頬が緩む。=の隣にゆっくりゆっくり答えを書いていくと、ああっ、という顔になった。


「見たことあるぞ」
「そうじゃなきゃ困るけどね」
「なんで4で割ってるのに、bは変わンネーんだ」


 ぎょっとして影山をまじまじと見る。こいつ、そんな疑問を抱けるほど、成長したのね、と、目頭が熱くなった。そうしたら、今度は影山がぎょっとする番だった。涙目になるわたしに、あたふたして、シャーペンを落とした影山がおかしくて、ふきだす。


 ふと、視界の端にうつった女の子たちが、こっちを見ているのに気付いた。わたしの視線がちらと向いたのに反応して、きゃっきゃと声をあげる。影山は当然気付かない。すう、と背中が冷たくなっていく。





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