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放課後、机の中に手を突っ込んだまま呆然とする。
ノートがない。
明日は古典の小テストがあるのだ。ノートがないのは困る。たいへん困る。いったいどこへやったのか、記憶を必死に手繰り寄せて、「あ」とつぶやいた。そうだ、影山に貸してたんだった。
バレー部って体育館で活動してたよな、今行っても大丈夫だろうか、でもこれは大事な用事だし、怒られはしないだろう、でもバレー部ってなんとなく怖いっていうか、そもそも運動部全般が怖いんだけど、大丈夫かな、大丈夫だよね、うーん。
*
来てしまった。
こうなったらもう返してもらうしかない。腰に両手をあてて深呼吸して、扉に手をかけて、大きく息を吸った。開けると同時に呼ぶ。これで行こう。よし、
「かげや、っま、」
「・・・・・・どうしたの?」
やけに抵抗なく扉が開いたと思ったら、同じタイミングで向こう側からも扉を開けていたらしい。なんたる偶然。出しかけた大声が尻すぼみになって、消える。
「影山に用事?」
「あの、その」
色素薄い系男子だ。泣きぼくろがかわいい。この人もバレー部なんだろうか。見覚えないし、やさしそうで穏やかそうで、雰囲気的に、先輩っぽい。
「呼ぶ?」
「あ、ええっと、お、お願いします・・・・・・」
にっこり笑って首をかしげたその先輩(仮)に頭を下げる。「いいっていいって」と気さくに言って、振り返ると「影山ーっ彼女来てんぞーっ」と叫びやがった。穏やかとか嘘だった。波乱呼びやがった。
「ぬあにいっ、影山に彼女!?」
坊主の人がそう叫んできょろきょろしている。蛍くんと山口が「はあ?」という顔で私を見た。ちっこい、髪型がチャラい人が「龍、あっちだあっち!」と坊主の人の肩を叩いて私のほうを指差す。黒髪短髪の人が怒鳴った。「お前ら練習に集中しろっ」そのとおりだと思う。でも元凶は私の目の前でにこにこしているエセ穏やか先輩(仮)だ。私は悪くない。
「んだよ」
「ノート返せこのやろう」
「あ」
練習を抜けてこっちに来た影山は汗だくで、当然だけど制服じゃなくて、いつもとずいぶんちがってみえた。なんとなくどぎまぎするのは不可抗力だ。むきむきなんだもん。怖いわ。
「今じゃないと困る、・・・・・・から来たんだよ、な」
「ええまあ」
がしがし頭をかいて、すっごく渋い顔をした。部活、抜けたくないんだろうな。しかしノートは返してもらう。貸して2日経つのにまだ写してないというなら、情けをかけてやるつもりはない、猶予はあったはずなんだから。
「部室のロッカーにあるから、とってくる」
「ついてく」
「おう」
ふたりで体育館を後にした。あんまり近いとなんとなく気まずいから、ちょっとだけ後ろを歩いた。こいつ、でっかいなあ。