次及川くんサーブだよーっ。
 周りの女の子たちの応援の声のうるさいことうるさいこと。学年レクで球技大会が行われることになって、くわえてバレーをやるとなったことで、及川くんのファンの女の子たちの盛り上がりったらなかった。わたしも確かに、そういえばバレーしてる及川くんなんて見たことないなあと思って、楽しみにしていた節がなかったと言えばうそになる。
 それにしても、だ。
 ギャラリーにて、どうにか最前列を確保したものの、後ろから聞こえる歓声に、わたしは気おくれしていた。かわいい声を上げる気も、及川くんにきゃあきゃあ言う気もないわたしが、こんなにいいポジションにいていいのだろうか。ぼんやり、手すりにほっぺをつけて、それからコートにいる男子たちに視線を落とした。及川くんがボールを持って、なにやら周りの男子たちに野次を飛ばされている。そして、敵コートから、いっそう激しい野次。本気ではないにしろ、けっこうえげつないからかいの声も聞こえた。それにぴくりと反応した及川くんは、きゅっと口角をあげて、いつぞやのように、不敵に笑ったのだった。そして、




 一瞬だった。少し下がって、助走を取って跳んだかと思うと、次の瞬間には、もう得点が決まっていた。及川くんの本気なんだろうかアレが。そうならば、からかいの声より、及川くんの肩の強さのほうがえげつない。だってどごんって、ボールが床に当たった音が、どごんって。周りの女の子はきゃあっと騒いでいたけれど、わたしはぽかんと口を開けることしかできなかったのである。



***


「みょうじさん見た? さっきの。及川のサーブ」


 隣の席になってから何かと親切な、例のサッカー部の子が、わたしに話を振ってきた。こくりとうなずいて、「えげつなかったねえ」と答えた。


「だよな! 俺ちょうどそんとき及川の相手チームだったんだけどさ、アレ間近で見たらすげえわ、アレ取れる奴っていんの!? って感じ」


 まくしたてるようなその口調に、押され気味になりながらうなずいた。適当に相槌を打ちながら、頭では違うことを考える。こういうとこなんだよな、及川とほかの人との違い。及川と話すときは、もっとうまくかみ合うんだけど。この人とは合わないや。まあ別に、それで困ることもないし、いいけど。


「何々〜俺の話で盛り上がってたデショ今、まぜてよ」


 席につきながら、及川くんがにっこりと笑って言う。なんとなく安心してしまった、この人の話に休み時間中付き合わされるのかなあと考えてちょっと憂鬱になっていたところだったから。


「お前マジえげつねえわ〜みょうじさんもそう言ってたべ」
「エッみょうじさんアレ見てたの!?」


 及川くんがバッとわたしの顔を見る。珍しく真顔だった。うそをつく場面でもないので、うん、と言ったけど、及川くんは何も言わない。やだなにこれほんとに珍しい、と思いながら、沈黙を縫うように、言葉を足した。


「すごかった。かっこよかったよ、及川くん」


 呆けたように口を開けて、閉じて、それから勢いよく席を立つと、及川くんはなぜかわたしの隣のサッカー部くんを拉致して走って教室を出ていった。まるで嵐だ、とつぶやくと、入れ替わりに、なぜか岩泉くんが教室に入ってきた。


「ご覧のとおり及川くんは去ってゆきましたよ岩泉くん」
「あー、大丈夫、用があるのはあいつの机だから」


 そう言うと岩泉くんは及川くんの机の引き出しに手を突っ込んで、紺のケースに包まれた電子辞書を引っ張り出した。チッ、と舌打ちをしていたから、借りパク未遂だったのかもしれない。


「そういやお前、及川どうしたのか知ってるか」
「どうって。走ってったことしか知らない」
「その前だよ。すげえ顔して走ってたんだけど」
「さあ。心当たりないわ」


 岩泉くんはそれでも食い下がって、「何か言ったりしたか?」と聞いてきた。


「誰が?」
「お前が」
「わたしが?」
「おう」
「や、さっきの試合で、サーブ見たけどかっこよかったよーって話をしてて」


 岩泉くんが「いやどう考えてもそれだろ」と言ってきた。え。今度はわたしの口が開く番だった。電子辞書を回収した岩泉くんは、「及川のことは頼んだぞ」と無茶なことを言って、教室を出ていった。

 いや、まさか、だって、……ねえ。

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