夏休みも終わりが見えてきた。そこでわたしは重大なことに気が付いた。ひとつ、宿題をやり忘れていたらしい。鬼のような量の問題集を見て、わたしは腕を組んで考えた。とっとと片付けたい、まあどうせ答えを写すんだけども、それにしてもこの量だ、やるならばなるべくいい環境でやりたい。わたしの真剣な思考を、ラインの通知が邪魔をした。舌打ちしそうになりながらベッドの上に投げてあったスマホを取って、通知を見る。びっくりしすぎてスマホを落とした。わたしは握力を鍛えるべきだと思う、この前及川くんに呼ばれて袋を落としたとき、中に入っていた棒アイスがばっきり折れていて、帰ってから苦労したのは記憶に新しい。ひろいなおしてもう一度、通知を確かめる。
 及川くんから、個人ラインがきてる。


『ねえ、古典の問題集終わった?』


 こういう文章のやりとりで何が苦手って、相手の意図が分かりにくいことだ。直接話しているときならば表情や身振りや声のトーンでなんとなく気持ちがわかったりする。及川くんどうしたんだろう、解答でも学校に忘れたのかな、でも部活生ならすぐに取りに行けるだろうし、それに借りるのなら、岩泉くんあたりを頼りそうだし、それとも岩泉くんが厳しくて、お前の責任だろうがどうにかしろとか言って突き放したのかな、うわそれあり得るかも、なんてぐるぐると考えながら返した言葉はたった一言。


『まだだよ。』


 そのあとに、うさぎが燃え尽きているスタンプを送った。すぐに既読がついて、身構える。一体なんて返事がくるのか、なんとなくこれがフラグのような気がして、妙などきどきを抑えて、スマホを握る手に力を込める。


『俺もまだ。一緒に片付けない?』


 なんてこったフラグだった。及川くんのことが嫌いなわけじゃないし、一連の絡みのなかで、たぶんいいやつだっていうのは分かっているつもりだ。それでもどこかためらうのは、わたしが及川くんに求めているものが、友情だからだろう。ふたりきりで会って何も生まれない自信がない。あんなにかっこいい人のそばにいて、ときめかない自信がない。せっかく出会えたいい友人を、こんなことで失いたくはなかった。それでもやはり、断ることができなくて(というかうまい断り方があるのならだれか教えてほしいくらいだ)、『いいよ、図書館でいい?』と返した。またすぐに既読がついて、時間の指定をしてくれた。行かないとだめ、だよなあ。OK、というスタンプを送って、ラインを閉じた。



***


 及川くんは私服だった。てっきり部活の後でジャージのまま来るものだと思っていたから驚いた。部活は、と聞いたら、「今日はオフなんだ。課題終わらせろって言われちゃった」と教えてくれた。もうすでにノートと問題集を広げて、取り組み始めていた。


「ごめんね待たせて」
「いや全然。俺古典苦手でさ、教えてほしいなって思って」
「えっ答え写せばいいのに」
「……みょうじさんやっぱり、休み明けのテストのこと忘れてるよね」
「えっ」
「先生言ってたよ、宿題とそのテストと半々で点数つけるからしっかりやってこいって」

 確認するように言った及川くんの言葉に、わたしは一瞬でいろんなことを考えた。それから問題集を見て、及川君を見て、黙ってノートを開いた。及川くんが静かに笑ったのが、雰囲気で分かった。


 ふたりでかりかり、まじめにシャーペンを握っている。たまに、ぽつぽつと会話をするだけで、ほんとに、宿題だけのためにここにいるみたい。これなら別に、お互いにひとりでやったほうがよかったんじゃないの、と思っていた矢先、及川くんがだるっそうに愚痴をこぼした。


「バレーしたい。勉強したくない。みょうじさんなんとかして」
「みょうじさん先生より偉くないからそれは無理かな」
「大学に受からせて。わいろとかで」
「それ大学側が受け取ったら受験考え直すべきだと思うな」
「この際お金くれるだけでいいから、わいろとか言わないから」
「何につかうの」
「宝くじ買って当てて無限ループする」
「そんな都合よく当たってたら庶民なんていなくなりますぜ兄さん」


 テンポのいい会話が心地よくて、おそらくいつもみたいに笑っているであろう及川くんの顔がみたくて、少し視線を上げる。ばっちり目が合って、間があって、ふたりで笑ってしまった。隣の隣の机にいたこわいおじさんがにらんでいたから、ふたりで声を抑えて、それでも笑いがこらえきれなくて、肩をふるわせる。なんだ、フラグなんて建ってなかったじゃんか、わたしったら自意識過剰。恥ずかしい。

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