「名前書かれた奴は前に出て現代語訳と補足書けなー」


 板書を終えて、前にわらわらと出てくる生徒たちの邪魔にならないよう、端によけて立つ。ぎこちなく形作られていく文字たちが微笑ましい。粉まみれになった手を俺に突き出して、「洗ってきていいすか」なんて言うやつらもいて、もちろん、と言うと、楽しそうに教室を出ていく。顔だけ廊下に出して、「騒ぐなよ、ほかのクラスも授業してんだからな」と言えば、調子のいい返事がかえってきた。たぶんすぐに忘れてはしゃぐのだろう、免罪符を手に入れて授業を抜ける楽しさを、とがめるべきなのだろうが、残念ながら理解できてしまう。
 黒板に目を向けると、大半の生徒がすでに書き終えて、席に戻るところだった。拍子ひとつぶん遅れて、チョークを置いたのは、みょうじだった。確か和歌の訳を当てた気がしたな、と思い、その文章を読む。他のクラスで授業をしたときとは違う訳が書かれていた。いまどきは有名な歌ならば電子辞書にも訳が載っているから、自分で品詞分解から訳まで完成させる生徒は珍しい。その態度さながら、内容もまた、素晴らしかった。単語の解釈が詩的で、主語にあたる人物の心情に、寄り添っているようだ。


「みょうじはずいぶん、粋な訳し方をするなあ」


 素直に口から言葉が出てしまい、目をまるくしたみょうじと視線が重なった。「俺のより、こっちの方が、全然いい。テストで使っていいかな」聞いて、女子の冷やかしのあとで、みょうじは二度ほどうなずいた。


「ありがとう、ございます」


 照れたように急ぎ足で自席に戻ったみょうじを、隣の生徒が小突く。俺はというと、みょうじの書いた訳をあわててノートに書き写していた。文章のとらえかた、解釈のしかたというのは、人の数だけ存在する。高校生という若いこころを持つ人間なら、さらに可能性は広がるのだろう。ペンを走らせながら、俺はすっかり、わくわくしてしまっていた。


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