やけに真面目な生徒だな、と思ったのだ、最初は。自分の受け持つ古典という科目が、生徒から歓迎され難いものであるのは痛いほどわかっている。事実俺も、高校時代は古典なんてまともに勉強していなかった。それにどっぷりとはまりこんだのは大学に上がってからで、まあその話は横に置いておくとして、俺が今気になっているのはみょうじなまえという生徒のことだ。
 優等生だ。職員室でも時おり話題に上るほどの。成績もそこそこ優秀、仲間うちでの人間関係も見る限り良好、部活もその他課外活動も頑張っているという絵に描いたような優等生。あまりにも手がかからないからかえって不安になってしまう。


「で、ここチェック入れとくように。尊敬の表現から主語を導き出すという方法があって――」


 言葉に反応して生徒が一斉に下を向いた。ペン先と教科書の頁がこすれる音が教室中に響いて、中には突っ伏したままの生徒もいたから、そいつには声をかけて起こして。普段と何ら変わりのない授業、重要な部分を過ぎればうつらうつらと舟を漕ぐ生徒も多く、なんとなく空しく思いこそすれ、今日もいつもどおりに終わるのだろうと、チャイムが鳴ったとたんに起き出す生徒に苦笑を浮かべつつ、チョークをケースに仕舞い、教材をまとめて山にした。


「あの、先生」


 顔を上げると、そのみょうじがノートを開いて俺の前に置いた。女子らしい文字に、細かい書き込みがされていて、純粋に嬉しくなる。雑談として話した知識についてもメモが取られていた。教師冥利に尽きる、というやつだ。何も施されていない、校則を守った爪の乗る細い指が、ノートの一部分を差す。


「ここの訳なんですけど」


 みょうじの質問は、授業をしっかり聞き、且つ余分の学習を行っているからこそのものだった。日々呆れかえるほど基礎的な質問ばかりされて心が折られかけていた俺には、オアシスとも思えるほどの、「いい質問」だ。浮つく気持ちを隠しながら、赤ペンで補足説明を手早く書いて、みょうじの様子を伺う。真剣な面差しで、解説に必要な箇所をいったりきたりする赤ペンを、目で追っている。「で、ここまでは大丈夫?」「はい」教卓に手をつきなおして、そこからさらに解説を重ねた。こくこくと、小さい顎を何度も振り、それから俺を見上げる。


「あの、ありがとうございます。また何かあったら、聞きに来てもいいですか」
「もちろん。休み時間外でもいいよ。放課後は大体職員室にいるからね」


 言いながら教材を抱えて、教壇を降りる。みょうじはきゅっと口角を上げて、「はい」とうなずいた。気付けば教室は閑散としており、時間割を確認すると、なるほど次は理科の選択授業らしい。あわてた様子で、みょうじは机の中から教科書類を引っ張り出し、去り際にもういちど「ありがとうございます!」とお辞儀をしてから、ぱたぱたと駆けて行った。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -