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ずいぶんと慣れたもので、くっつくことに抵抗がなくなってしまった。背中合わせに体温を共有する。わたしは雑誌から、彼は文庫本から、目をはなさないまま。ぺら、と、独特の手触りのページをめくる。このサンダルほしいな、涼しそう。でもヒールも値段も高すぎ。また、ページをめくる。コスメも、結局高いし近場にないしで買わないんだよなあ。それでもこの雑誌を毎月買ってしまうのは、付録がかわいいのと、モデルが好きだから。
「なまえ、それ取って」
おそらくわたしの膝の上にあるビニールの中身のことだろう。もう読み終わったのか、はやい。
「はいどーぞ」
「ありがと。わ、ぬくい」
「温めておきましたぜ」
「猿かよ」
「旦那ァ!」
ふは、と息を漏らすように笑うのがかわいくて、わたしも顔がゆるんだ。ちからくんが、上半身をひねって、向き直った。わたしの膝であたたまったその本の、カバーをなでて、ふっとその目が真剣な色を帯びて、背筋が粟立った。この人のスイッチは、ほんとうに、いつ入るのかわからない。
「なまえ」
「……はい」
そうっと、やさしく、口づけられて、その心地よさに目を閉じる。はなれて、もう一度、またはなれて、もう一度。雑誌はとっくに、床に落ちている。触れ合うことには慣れても、声を聞かれる恥ずかしさには、慣れない。無意識に息を止めてしまう癖を、治すように言われ続けているけれど、あんな、甘ったるい声に羞恥を覚えないほどの神経は、持ち合わせていない。ぬるり、舌が入ってきて、肩がこわばった。
「んう」
子どものむずがるようなそれに、ちからくんが笑ったのがわかって、顔が熱くなる。さっき飲んだ紅茶の味がして、さらに熱くなる。おんなじ味だ、うれしい、けどなんか、変な気分。後頭部を支えられて、あ、こりゃ長いぞ、と身構えた。
男の子の、キスのときの息つぎがえろい、なんて、教えてくれたのはちからくんだ。ちからくん以外の男の子の呼吸がどんなものなのかは知らないけど。へたくそなわたしのために、いったんはなれてくれる、その名残惜しそうな表情も、どきどきする。
「なまえ、肺活量」
「しょうがないじゃん」
「じゃあ、練習する?」
くちびるの端を上げて、なんていうのか、こう、妖艶? な雰囲気を、ちからくんが持っていたのが信じがたくて、ぎょっとする。迫ってくるそのからだを押し返して、「ちょっと、待って」とせがんだ。
「なんで」
「体力ないから」
「それも含めて、さ」
「やだあ」
本心からの拒絶じゃないことなんて、きっと気付かれてる。「あんなに積極的だったなまえはどこにいっちゃったの」なんて言われて、暴れたくなるほど恥ずかしかった。
「あ、あの時はだって」
「だって?」
「そうしないと、進めないような気がして」
わたしの必死の言い訳に、はははと笑うちからくん。
「そんなわけないじゃん。俺も男なんだから」
「知ってる」
「だよね。教えたもん」
もん、だなんて、ほんとに、ずるい。あざとい。言ってる内容はひどいのに、それでもかわいく思わせるなんて、どういうこと。生まれ持った才能? どっちにしたって、敵いっこないんだけども。