「え、まだなの」


 ストローから口をはなした友達が、はあ? という顔をしてわたしを見た。「付き合ってどんだけ経つっけ」「ひとつき……?」「ないわ」と、首を横に振る。そう言ったってわたしたちはまだ学生で、「何か」があったときにお互いに責任能力がないわけで、無理にそういうことをしようとは思っていない。思っていないけど、こういう言い方は失礼かしら、縁下くんがあまりにも安全牌というか、オオカミ感がなさすぎて、なんとも言い難い不安がぬぐえない。


「ふつう、高校生男子なんてがっついてるモンでしょ。危機感持たないで無事なんてありえないって」
「でも縁下くん、そういうこと、しそうにないし」
「あのねえ、あんたが大好きな縁下くんだって十六だか十七だか、要は年頃の男なんだよ」
「と、年頃……」
「そ」


 なんだかとっても、はすっぱな言い方。この子、ほんとに同い年なのかな、生きてる世界が違うみたい。それでも、アドバイスをくれる貴重な友達だ。つめたいテーブルに突っ伏して、「女子力が足りないからかな」とぼやいた。


「じゃあワンピースでも着ておうちデートでもすれば」

 わりと本気でそうこぼしたのに、友達はハンッと鼻で笑って、全日本投げやり選手権グランプリ候補に挙がりそうな回答をした。他に頼れるあてもないので、素直にそれに従ってみるしかなかった。


***


 今日うち両親いないんだよねというおあつらえ向きの状況に、わたしは食いついた。これで手を出されなかったら、友人に頼んで、女子力養成講座を開いてもらおうと思う。ラインで言葉を交わしながら、なんとかおうちデートまでこぎつけた。ありがとう友よ。持つべきものは金でもコネでもない、頼れる友だ。ばれない程度の薄めのメイクをして、準備していたワンピースを身に着ける。


「……なんか、狙ってるみたい」


 膝あたりの丈に、ふわりと女の子らしい色、シルエット。思わずこぼれた独り言に苦笑いする。あんな相談をしておきながら、何をいまさら。ラインの通知音と、『そろそろ着くんだけど、お邪魔して大丈夫?』というなんとも他人行儀気味なメッセージ(それが彼らしさで、わたしはそういうところを好きになったのだ)に、あわてて玄関まで迎えに行くことにした。


「……すご、く、かわいい」


 ちょうどのタイミングでやってきた縁下くんは、玄関から出てきたわたしを見るなり、ほんのり頬を染めて、そう言った。こっちまで顔が赤くなるのがわかる。縁下くんの歴代彼女はきっと、こういうところにやられたんだろう。嫉妬の前に共感してしまう。ずるいひとだ。


***


 お勉強をする、というのが、名目だったはずだ。テストも近いし、今日の部活がおやすみなのはそのせいだし。それが、どうした。この空気はなんだ。いや、望んでそう仕向けたのはわたしだけど。ここまで、呼吸が止まりそうになるなんて、思いもしなかった。
 向かい合わせで座るつもりだったのに、自然にわたしの隣に座った縁下くん。体温を感じられるほどの距離に、息が詰まる。不意にこっちを見た目が、なんだか熱っぽいような気がして、シャーペンとノートを持つ手がふるえた。


「あ、ねえ、なに、やります? わたし、物理すっごく苦手で、」


 場違いなほど、明るくひびく自分の声が、あほみたいだった。こうしたのはわたしだ。縁下くんのこと、なめてた。ごめんなさい。ごめんなさい。距離のつめ方のやさしさも、わたしの手から文房具を奪う手つきのやわらかさも、わたしを押し倒しながら背中を支えてくれる手のあたたかさも、ぜんぶぜんぶ、いつもの縁下くんだ。それでも、こんな、こんな、オトコ、みたいな目をする縁下くんは、知らない。でも、わたしがそうさせた。そうさせてしまった。


「ごめんね。イヤなら突き飛ばして」


 低くて、かすれた声に、涙が出そうになる。そんなこと、できるわけないじゃん、ばか。訴えて、Tシャツをつかんで、すがった。ずるい。でももっとずるいのは、わたしのほうだ。


「ねえ、知ってた? 男ってバカなんだよ。家に来てとか、親いないとか聞いたら、期待するんだ。いつもと違う服とか。ワンピースなんて、特に。そういう気になっちゃって」
「えんのした、くん」


 わたしのくちびるを自分のそれでふさいで、はなれて、「なまえ」と乞うように言った。男の子って、こんなに、色っぽく、なるものなのか。脳みそごと溶けてしまいそう。


「なまえで呼んで。なまえ」
「ち、……ちから、くん」


 呼び終わるか、終わらないか、ギリギリの瞬間に、かみつくようなキスをされた。くっついて、はなれて、またくっついて、「はふ、」合間に、あまい声がもれるのが、とんでもなく恥ずかしい。ぎゅうときつく瞼を閉じた。くちびるを食まれて、からだの芯がしびれるような感覚。茫然としている間に、ぬる、舌が、はいってくる。あつい。あつい。おどろいて奥の方でちぢこまっているわたしのそれに、からみついて、すわれて、また、情けない声。息があがってるのがはずかしくて、背中に腕をまわして、力を込めて、ごまかす。


「っ、ひっ」


 裾のなかにはいってきた、おおきな手に、からだがおおげさにびくついた。ふとももをいったりきたり、思わしくない動きをする手に、自分のそれを重ねて、どうにか、どうにか時間を稼げないかと、何も考えずに言葉をつむいだ。


「ゆ、床やだっ」
「えっ」
「かたい、から、その、いたいのやだっ」


 文章とは言いがたい、なんとも拙い幼稚な物言いに、縁下く、……ちからくんが、かたまった。頭が回らなくて、ぽろ、ぽろ、言葉がかってにこぼれてゆく。


「いたく、しないでください、おねがいします、おねがいします」
「……そういうの、狙ってやってるの」
「えっ」


 言うや否や、えいやっとばかりにベッドに引きずりあげられてしまった。そうして、わたしの肩をおさえて、見下ろす。改善されたのは、背中の環境だけ、むしろ、目の前の状況は、なんだかより、悪化した気がする。馬乗りだ。脚を割っての、馬乗り。中見える、恥ずかしい、やばい。だめだこれ。心臓破裂して死ぬ。


「なまえ」


 顔の両わきに手をついて、肘を折って、とたん、ちからくんも死にそうな顔をした。


「……なまえのにおい、する。俺もうだめかも」


 からだをまさぐる手の、熱さといったら。わたしの方がだめだと思います。そのあとのことはもう言いません。


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