特徴は? って聞かれると困る。しいて言うなら、優しげな笑顔だろうか。バレー部の人たちが騒ぐのを諌めたり、たまにのっかってはしゃいだり、そんな、青春を謳歌してます、って感じの男の子に恋をした。一度、あ、いいな、って思ったらもうだめで、わたしは友達に呆れられるほどに、縁下くんが大好きだった。
 目が合うだけでうれしい。話せたら、もっと嬉しい。いつもは面倒な委員会も、縁下くんと一緒だと考えると、朝から放課後が楽しみでしょうがなくなる。


「たいへん残念なお知らせがあります」
「なに」
「みょうじのいとしの縁下くんはなんと俺に委員会の代理を頼んできました」
「えっ」


 隣の席の佐々木くんが、神妙な顔つきでわたしにそう告げた。えっ、の声とともに右手に持っていた財布を落とした。それを拾いながら、佐々木くんは詳細をつけたした。


「なんか、部活で重要なミーティングがあるんだと。しゃーねーわな」
「そっか、そっか……部活はしょうがないね……」


 あからさまに落胆したわたしに財布を握らせながら、ばしばし背中を叩いて「俺がいるんだから元気出せよー」と佐々木くん。出ない。無理だ。昨日の夜からわくわくしてたのに。周りの女の子たちにも冷やかされる。残念だねなまえ、月一の楽しみなのにね、もう話してくれば? ってな具合だ。そんなに簡単に話せるなら、こんな、委員会がダメになったぐらいでがっかりしないっての!



***


 朝から、こんなに気分が重かったことが果たしてあっただろうか。俺の人選ミスと言われればそれまでだ。でも、まさか、ちょうどそこにいたから代理出席を頼んだだけの佐々木が、みょうじさんと、そういう感じだなんて、誰も思わないだろう。
 つくづく、運がない。腹のあたりにいやあな重さを感じる。
 ずっと好きだった。いや現在進行形だけど。気さくな、人当たりのいい雰囲気や、笑ったときにきゅっと細くなる目や、とにかく、みょうじさんのことが。血の気が引いて、きっとトンデモナイ顔色してんだろうな、俺、と思った。
 佐々木と、仲良さそうに話すみょうじと、取り囲んで黄色い声を上げる女子たち。高校生らしいと言えばそうだし、ほほえましいと言えば、そうなんだろう。それでもその光景は、俺の心臓の、いちばんやわらかいところに深く突き刺さる。会話の内容なんて聞きたくなくて、とにかくこの場にいたくなくて、教室を出た。


***


 いやなことって重なるものなんだな、としみじみ思った。涙が出そうになるのも無理はないだろう。縁下くんには、好きな人がいるらしい。
 男の子も、恋バナなんてするんだな、それに、あんなに真っ赤になってる縁下くん、初めて見たな。一緒になって盛り上がってたのは、田中くんと、ええっと、西谷くん、だっけ。あのふたりと話してたってことは、相手は誰かな。男バレの、マネさんかな。はは、超美人じゃん。勝てっこないじゃん。あは、面白い。面白いぐらいに、体に力が入らない。
 放課後の委員会なんて行きたくない。それでも、縁下くんと一緒、よりは、マシかも、と思った。だってこんな状態で顔合わせたって、どうしたらいいのかわからない。サボりはいけないし、どうしよ、佐々木くんに愚痴ろうか。迷惑がるだろうか、知ったこっちゃないけど。泣きじゃくらないのは、最後にのこったプライドのせい。わんわん大声で泣いた方が楽なのは知ってるけど、ここは学校だし、なんとなく、悔しいし、泣きたくない。


「うわっどうしたんだよみょうじ、ひどい顔!」
「ひ、ひどいって、なにそれひどいっ」


 わたしの顔を覗き込んだかと思うと、佐々木くんが顔をしかめた。傷心のわたしになんてことを言うのかこいつは! と思ったがその手にあるプリントたちを見て、ああ、と納得した。それから委員会、さっきのこと、と連想して、気持ちがまた落ち込む。


「これさあアンケートがどうのって書いてあるん、だけ、ど、……みょうじお前ホントにどうしたの」
「……なんでもない」
「まさかお前まだ俺が縁下じゃないこと根に持ってんじゃねえだろうな。俺あんな優しくなれないから、無理だから」
「ちがうよ、むしろ代わってくれてありがたいっていうか」


 そこまで聞いて、怪訝そうな表情を浮かべた佐々木くんに、腹をくくって全部話してしまった。わたしのどんよりオーラの原因を知った佐々木くんは、心底バカにしたような、呆れたような、なんともいえない顔をして、ため息をついた。


「何。縁下に好きな奴がいるっつって、落ち込んでんの」
「ざっくりまとめてくれたね」
「……」


 口をへの字にして黙った佐々木くんは、一瞬なにかをためらって、またため息をつく。そうとう、わたしに焦れているようだ。


「俺からは、何にも言わねえよ。けどさ、お前、すっげえ バカなんだな。知らなかったわ」


 どうしてそこまで言われなくちゃならないのか。文句を言おうと開いた口は、「みょうじさん」とわたしを呼ぶ声で、一度閉じることとなる。


「え、んのした、くん」


 すごく真剣な様子だったので、戸惑って、佐々木くんのほうをちらと見る。鼻で笑われて、ちょっと腹が立った。


「佐々木、ちょっとこの人、借りてもいい」
「俺のじゃねえし、どうぞどうぞなんなら永久にでも構いません」


 笑顔でわたしたちを教室から送り出した佐々木くんは、最後、わたしの視界から消える直前に、「やっとか」とかなんとか、言っていた。


***


「諦めんのか」


 西谷が俺をまっすぐ見据えて、言った。力なく笑って、投げやりに返す。


「じゃあ、どうしろってんだよ。告白でもしろって?」
「おう」


 あまりにも潔い返事に、俺のほうが間違っているような気がしてくる。何度かまばたきをして、唾をのみこむ。


「俺に、負け戦、やれって言ってる?」
「負けるかどうかはやってみねえとわかんねえだろ」
「お前、話聞いてた? だから朝見たんだって、佐々木とみょうじさんが」
「ちゅーでもしてたってのかよ。違うだろ、話してただけなんだろ」


 ちゅー? ふざけんな、想像もしたくない。思わず頭を振って、浮かびかけた像をかきけす。西谷が俺に突き付けた希望的観測を、信じてみたいけど、もし、それで、俺のイヤなほうの予想が当たっていたら? 俺はそのショックに果たして耐えられるだろうか。無理だ。辛すぎる。


「でもよォ、俺結構脈アリだと思うんだよなー」


 椅子に、本来とは逆の方向に座りながら、背もたれに顎をのせて、田中がぼやいた。お前いつの間にそんな観察してんの。みょうじさんのこと見てたってこと。むかつく。口の端がひきつる。


「お前そこまで経験豊富じゃないだろ」
「ングフッ……縁下……許さん……」
「ヤメロよ力! 龍の傷を抉るな! デリケートなんだから!」


 西谷のフォローに遠い目で「いいんだ……俺は潔子さんを見るだけで極上の幸せを得られる体になっちまった……彼女なんて、俺には……」と返す田中が面倒くさくてシカトした。食べ終わったらしい弁当を片付けながら、西谷がまたも俺に目を向ける。


「見損なったぞ力。男なら当たって砕けろ」
「いや、その砕けるのが耐えられないからヤダっつってんだけど」
「それが漢気ねェっつってんだ! お前の勘違いだったらどーすんだ、ホントにその佐々木ってヤツに掻っ攫われちまうかもしんねーぞ!」


 勘違い。さらわれる。だれが。みょうじさんが?
 ぶわ、と、血が逆流したような感覚。なんだそれ。なんだそれ。青天の霹靂というか、なんというか、視界が開けたような感じがした。俺にもチャンスがあるってこと? しかもそれが、もしかしたら期限付きかもしんないってこと?
 コンビニで買ったおにぎりの袋を握りしめる俺を見て、西谷と田中がにっと笑った。それから、俺の背中を叩く。なんだかんだ言って、こんなこと相談できるの、こいつらぐらいだ。言わないけど、感謝はしてる。


「ヨッシ思い立ったが、なんだっけ」
「吉日、な」
「それだ! じゃあ今日の放課後だな!」
「いや放課後はミーティングあるって」
「なんだよぐちぐちうっせーなー、そんなもんばーっと終わらせて部活来りゃあいいだろ!」
「む、無理だって、そんな簡単なことじゃないダロッ」
「好きだっつってガッと抱きしめたりすりゃいいだろ!」
「だっ、だきっ、なっ、何言ってんだよッ田中!」
「うわ〜真っ赤っか〜力くんったらエッチなこと考えてる〜」
「ううううるさいなあっそういう話じゃないってば! 少女漫画の読みすぎ!」


***


「なに、どうしたの、縁下くん」


 連れられてたどりついたのは、いつもあまり人の通らない廊下。ここに来るまでずっと、縁下くんは振りむかなかった。背中しか見えなくて、ちょっと怖かった。


「みょうじさん」


 やっと見えた顔は、こわばっていて、わたしまで緊張してしまう。がちがちに固まって、そのせいで、次にどんな言葉が続くのか、考えてもいなかった。


「佐々木のこと好きなの」
「えっ」


 なんで、と言おうとしたけど、縁下くんの「っちがう、そうじゃない」という大き目の独り言に遮られた。佐々木くん? どうして? 好きって、何が? ぐるぐると、頭の中を疑問が駆けめぐる。縁下くんがあまりにも必死の形相なものだから、呼吸すら、まともにできない。心臓ごと体が鼓動しているよう。くるしくなって、いっそ口で息をしてしまおうかとくちびるを開いたら、


「すき」


 さっきまでのどきどきが嘘のように、心臓が止まるかとおもった。


「今朝佐々木と仲良さそうなの見て」
「もしかしてみょうじさんと佐々木っていい感じなのかなとかいろいろ思ったんだけど」
「でも、俺、それでも、みょうじさんのこと好きで」
「迷惑だったらごめん、でも言わなきゃと思って、俺、その、」


 洪水のように溢れ出す、縁下くんの声でつむがれる文章を、耳で聞いて、頭に流れてきて、理解して、なにより先に、涙がこぼれた。さっきは、あんなに我慢、できたのに。目の前で号泣するわたしにうろたえる縁下くん。ちがう。わたしも、わたしもだよって、言いたい。言いたいのに、しゃべれないぐらいに泣いてしまって、嗚咽しか出てこない。


「エッアッ、あの、みょうじさん、ごめんって」
「ちっちがっ」
「ぅえ、な、なに? えっと、ゆ、ゆっくりでいいから」


 ふらふら宙をおよいだ彼の右手が、わたしの背中に着地して、そうっとなでてくれた。ひきつれる体を、深呼吸して、落ち着ける。


「すき」
「えっ」
「わ、わたしも、すき」


 それだけ言って、また出てきそうになる涙を、こらえて、くちびるを噛んだ。きっとすごくへんなかおしてる。それでももういっかい泣きじゃくるよりはいい。はず。隣で息をのんだ縁下くんが、今までに見たことないぐらいにしあわせそうに、「うれしい」というのを見て、わたしはやっぱり我慢できなくて、泣いてしまうのだけれど。


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