ねえねえ聞いた、隣のクラスの、川上さん、やっぱり別れたんだって、えーうそまじで、でもそうだよね、佐野くんK大志望なんでしょ、そりゃそうなるよねえ。なんて。
 三年生になって、なんとなく感じていた雰囲気。気にする方がバカだというのは分かっている、それでも、居心地が悪いのには変わらない。クーラーのききすぎる図書室で、わたしはくちびるを噛んだ。向かいに座るちからくんは細いシャーペンをきれいな持ち方で操っている。
 何が言いたいのかというと、つまり同学年のカップルが次々と別れていくのだ。「受験」を理由にして。志望校に受かりたいから、彼の邪魔をしたくないから、云々。そうしていったいどれほどのカップルが、再びくっつくのだろう。
 ちからくんの邪魔になりたくないのは確かだ。でも、わたしは、彼から離れたくない。これはワガママなんだろうか。休日にお出かけをするかわりに一緒に勉強をして、帰るときは手をつないで、バイバイをする前に、軽いキスをする。文句なんて何ひとつない。それでも頭にこびりついて離れない不安を、どう扱えばいいのか、わからない。


「くま、できてる」


 ちからくんの指が、そっと、わたしの目のしたをなでた。あたたかくて心地いい。数式を書く手を止めて、目を閉じた。


「それ、超きもちいい」
「ちゃんと寝てる? 顔色も悪い」


 不安げな声色に、追い打ちをかけるわけにもいかず、嘘をつくしかなかった。ほんとうは、眠れていない。食欲も落ちた。受験のストレス、と、ひとくちに言ってしまえば、それで済む気はするけれど、わたしの心を悩ませる根本の不安は、それではない。
 もう外は涼しくなってきている。半袖で過ごすには厳しい時期だ。冷たい麦茶ではなく温かいココアを出すようになった。クリーム色のマグカップに手をのばしながら、「大丈夫だよ、心配しないで」と笑って見せた。


「無駄な嘘つかないで」
「嘘じゃないよ」
「ばれないと思ってるの?」


 いつになくきびしい声が、わたしの耳を打つ。今までそんな鋭さを彼から向けられたことがなかったものだから、戸惑って、カップに口をつけずに、テーブルに戻した。


「……ごめん、そんな、怖がらせるつもりはなかったんだ」


 シャーペンを置いて座り直し、勉強しながら、でなく、しっかりと話せるように向き合う。そうして考えた。彼が声を荒らげた理由を。
 自分に置き換えてみれば簡単に理解できた。何かしら、彼が抱えていたとして、それを相談してもらえないのは、とても悲しい。その内容がどんなものであったとしても。まだ付き合って一年ほどしか経たないうちからこんなことを考えるのはおかしいかもしれないけれど、わたしはできることなら、大人になっても、ちからくんと一緒にいたいと願っている。彼もそう思ってくれているのなら、なおさらだろう。ふたりで笑い合うだけは、いやだ。泣いてしまうような悲しいことも苦しいことも、ふたりで背負っていたい。


「ちからくん、川上さんと佐野くんの話、聞いた?」


 いくぶんかこわばった声でそう言えば、彼は察してくれたようだった。普段はやさしげに緩んでいる目元がきゅっと不機嫌そうなかたちをつくる。自分でも、どれほどひどいことを言っているのかはわかっているのだけれど、それでも、縮こまってしまう。


「俺は別れたくない」
「わたしもだよ」
「なまえと付き合ってることが支障になるような、中途半端な勉強のしかた、してないつもりなんだけど」


 ゆっくりと、けれどもはっきりと、区切りながら言われた。わたしの目を見ながら、さとすような調子で。
 それだけで、安心してしまうのだ。彼の言葉ひとつでわたしは、不安をぽいっと捨ててしまえる。わたしの考えていたことはすべて杞憂だったのだと思えて、そうすればあとは、ふたりで手を取ってがんばればいいのだ。


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