※大学生ぐらい


「ねえ、英くん、……英ちゃん、……アキくん、……ねえってば!」

 かたくなに、こっちを振り向かない。ソファにねそべって、わたしなんかいないみたいにふるまう。ちょっと、いやかなり、悲しくなったけど、もとはといえばわたしが悪いのだ。冷蔵庫にあったキャラメルプリンを、わたしが勝手に食べてしまったから。傍から見れば、くだらないことこのうえないケンカだろうけど、わたしたちにとっては、とても重要で、重大な事案だ。ほんとに食べられたくないものには名前書いてって約束だった、っていうのが、わたしの言い分で、俺がキャラメル系好きなの知ってて食うなんてありえねえ、っていうのが、向こうの言い分。

「……もう しらない」

 クッションを抱きしめて、泣きそうな顔をかくした。地味なのがいいって言うアキくんに、わがままを言って買ってもらった、ピンクのクッション。アキくんがいつも枕にしてるから、アキくんのにおいがする。ホンモノのアキくんは、全然こっちを向いてくれないけど。

「……なまえ」

 呼ばれて、すぐにでも顔をあげて、なんならその胸に飛び込みたいほどなのに、それこそくだらない意地を張ってしまって、そっぽをむいた。にじりよってくる気配と音に、からだがこわばる。確かに、確かにわたしが悪いかもしんないけど、シカトされて、わたしは寂しかったんです。この寂しさを、彼に少しでも、味わわせたくて。

「こっち向けよ」
「ヤダ」
「ガキじゃねーんだから」
「ガキでいいもん」

 はーあ、と、深めのため息に、どきんと心臓がいやな跳ね方をする。ほんとに、ほんとのほんとに、呆れられちゃった、かもしれない。バカみたいなプライド捨てればよかった。アキくんに嫌われてしまったら、わたし、どうしたらいいの。たかがプリンのことで、別れることまで想像してしまって、ほんとに、涙がでそうになった。そんなの、普通に考えればありえないことだ。でもこんなに憶病になってしまうのは、それだけ、彼に依存して、彼と離れることがおそろしいのだということ。おおきなてのひらが、わたしの髪にふれて、何度か、やさしくなでる。その手つきとぬくもりに、すがりたくなる。

「からかいすぎた」
「……しらない」
「こっち向いて。キスできない」

 めずらしく直接的な言葉に、思わず顔を上げて、まじまじとアキくんの表情を見た。いつもとあんまり変わらなくて、一体何を、と思っていたら、顔が近付いてきて、くちびるを、舐められた。

「あ、きく、ん!」
「甘くない」
「そりゃあ、そうでしょ、食べたの午前中だもん」
「買ってこいよ」

 そして、もう一度、キス。今度はちゃんと、目を瞑った。わたしはやっぱり彼のことが、好きでしょうがない。背の高いスポーツできる男の子なのに甘いものが大好きというギャップも、ちょっと意地悪なところも、そして、買ってこい、と言いながら、わたしの手をとって、一緒に玄関に向かうような、かわいいところも。


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