体育祭で、わたしはすっかり、身体を火照らせていた。日光のせいだけじゃない。国見くんのせいだ。
 いろんなことを効率よくうまく、程よく逃げながらこなしていく国見くんだけど、さすがにクラスの強気な女子から逃れることはできなかったらしく、クラス対抗リレーに駆り出された。走るの嫌いそうだしあんまり推薦しないであげて、なんて口を出す勇気、わたしにはなかった。行事に全力で打ち込むのはいいことだと思うし、やるなら勝ちたいとは思う。でもそれで国見くんが嫌な思いをするなら話は別だ。モヤモヤとした気持ちを胸に抱えながら迎えたリレー本番、つまりついさっき、わたしはすっかり、彼の姿にとらわれた。
 さらさらの黒髪をなびかせて走る姿の うつくしさといったら。
 呼吸すらわすれて、見入っていた。わたしが彼に夢中なのを知る友人たちは、彼の勇姿と、わたしの間抜け面を写真と動画に収め、女子だけのラインで流してはしゃいでいた。わたしはもう、それどころじゃない。肖像権がどうとか、騒いでいる場合じゃない。
 本気を出していないのは分かる。表情が涼しそうだったから。それでも後ろの男子たちを寄せ付けずに走り抜ける彼は、王子様か、あるいは二次元から飛び出してきたかのどちらかなんじゃあないかと真剣に思った。

「なまえ、ほら、国見くん」

 アンカーの男子が一位でゴールしたのを見届けたちょうどそのとき、いちばん仲のいい友達がわたしの肩を叩いた。彼女の指差す方向に、国見くんが歩いていく。友達にお礼を言って駆け出した。恋をした女の子はとんでもなく積極的になれるのだ。

「国見くん!」

 敷地内でいちばん涼しいところを知っているらしい彼は、木陰に座り込んでうなだれていた。わたしの声に少しだけ顔をあげて、だるそうに手を振る。用事もないのに話しかけたらおかしいだろうか、なんていう不安はとっくの昔に捨て去った。

「おつかれ、リレー」
「ほんとに」
「あはは、嫌がってたもんね。でもすごいじゃん、超余裕そうだった」

 少し間を置いて、「見てたのかよ」とこもった声。膝に顔を埋めたまましゃべる彼の、普段ならぜったいに拝めないつむじを見る。かわいい。あんまりかわいいから、後ろ手に隠していたペットボトルを、首に当ててやった。

「ウッ」
「がんばった国見くんに、ご褒美をあげましょう」

 顔をあげた彼が、青いラベルのそれと、わたしの顔を、交互に見る。それからきゅっと眉根を寄せて、薄いくちびるをすぼませた。

「す」

 そして、くちを開いて、また結ぶ。視線が泳いで、それから、わたしの目に帰ってきた。

「……女子におごられたら、俺、立つ瀬ないんだけど」

 首も耳も、一気に熱くなった。鏡を見なくてもわかる、今のわたしの顔はトマトよりもリンゴよりも真っ赤なのだろう。「あげるから、受け取って!」半ば押し付けるようにして、立ち上がる。きいん、と、耳に刺さるようなハウリング音のあとで、ひどくがさついた声が、グラウンド中に響いた。部活対抗リレーの参加者は至急集合とのことで、バレー部の国見くんも、バド部のわたしも、今すぐに入場門前に集まらなければいけない。

「行こ、はやく」

 ゆっくり腰を上げる国見くんを急かして、地面を蹴る。ほんとうなら、隣を歩きたい。でも、この熱の引かない顔を見られるのは、まっぴらごめんだった。





 好きなやつに、って、言いかけた。いくら脈アリだからって、軽率すぎる。
 なまえの小さい背中を見ながら、ため息を吐いた。俺はいつになったら、あいつを手に入れられるのか。俺の懐に簡単に飛び込んでくるくせに、出ていくときも素早いものだから、捕まえ損ねる。いつもだ。
 汗が首を流れる。遠くの方で金田一が俺を呼んでいるのが見えて、またため息を吐いた。








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