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水に飛び込む音がして、しかもそれが女子たちのほうからだったから、びっくりしてその方向を振り向いた。周りのやつらも俺と同じようにしていて、俺と同じような、ぽかんとした表情を浮かべていた。飛び込みなんかは、ふつう、水泳の授業では教えない。きっと、先生あたりが、お手本として泳いでいるのだろう。ゆらゆらと揺れる水面を見つめて、唾を呑む。
予測していたところよりもずっと先のほうに、ひとのからだが、すうと浮かんだ。手も脚も、無駄な動きはひとつもしないで、飛ぶように、泳ぐ姿。先生じゃない。顔が見えないから、誰だかは、わからない。
「あれ、みょうじじゃねえ?」
「そっか、水泳部か」
みょうじさん。俺の隣の席のひと。そういえばずいぶんと、日に焼けていたような気がする。普段は、なんというか、もっとぽやんとした、やわらかい感じのひとだ。あんなふうに、イルカみたいに、きれいに泳ぐ姿と、普段のギャップに、頭がついていかない。
いきいきしているように見えた。水をかく腕だとか、酸素を求めて上がる顔だとか。うまい表現が見つからないけど、たとえば、スパイクのために飛ぶ俺や、トスを上げようとボールに触れる影山は、きっとあんなふうにいきいきして見えるはずだ。俺たちにとっての体育館や、ボールや、ネットが、みょうじさんにとっての、プールで、水で、飛び込み台なんだ。ターンの鮮やかさに、みんなはため息をついたけど、俺はひとり、息を詰めていた。
「みょうじさん」
女子たちから拍手と歓声をもらって水から上がったみょうじさんは、プールサイドをよたよたと歩いて、こっち側へ来た。たぶん倉庫の、ビート板とか、なにかしらの用具を運びに来たのだろう。なにも考えずに、名前を呼んだ。
「すっげえ、かっこよかった!」
魚みたいだったとか、きれいだったとか、蹴伸びだけであんなに進めるのすげえとか、いろいろ、とにかくいろいろ、伝えたいことはあった。けど、口をついて出たのは、たったひとこと。みょうじさんは、それを受け取って、ちょっとだけ戸惑って、それからはにかむ。
「見てたの? はずかしい」
眉をハの字にして、白い歯を見せて笑う。水泳帽で髪が顔のあたりを隠すことがなく、細い首や、しっかりした肩が、みょうじさんがまるで泳ぐために生まれてきたみたいに見えて、なんだかどきどきしてしまう。じゃあ、と言いながら、倉庫へ歩いていくみょうじさんの足取りの、不自然さといったらない。
もしかすると彼女の脚のところは、ほんとうは、尾びれだったんじゃないか。と、思えてしまうほど。あんまりずっと見ていたものだから、友達に「見すぎ」「やらしー」とどつかれてしまった。わき腹が痛い。