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ついにきてしまったその日、わたしはとんでもなく緊張していた。何を話せばいいんだろう。こんなスカート履いて、気合い入れすぎだと思われないかな。髪、巻いてみたけど、こういうの嫌いだったらどうしよう。わたしを苦しめる悩みはすべて、縁下くんに関するものだ。こんなに苦しいのに、それでもわたしは、待ち合わせ場所であるバス停から、動こうとしない。今までならばすぐに、ごめんねバイト入っちゃっただとか、親戚が亡くなって、だとか、うまいこと嘘をついて、逃げていた。今回は逃げたくない。彼と疎遠になりたくない。彼との関係を壊したくない。それなら、まっすぐ向き合うしかない。
「ごめんね、待たせたかな」
水色の車の、助手席に乗り込みながら、わたしはすっかり、どきどきしてしまっていた。自分が自分でなくなるような感覚。すぐそばに、いつもよりも近い距離に、縁下くんがいて、わたしは視線をどこにやればいいのか分からない。まだ自動車学校にも通っていないわたしからしてみれば、もう初心者マークすらついていない車を運転する彼が、大人っぽく見えた。
「みょうじさん、車酔いとか大丈夫?」
「だい、じょうぶ、です!」
「はは、なんで敬語」
それに、もっと前に聞いとけばよかったね、ごめんね、と謝りながら、ハンドルを切るその腕ったらない。なけなしの冷静さを保つために、通り過ぎる景色の、信号の数を数えることに専念した。
空調がしっかりしていて涼しい室内で、わたしは冷や汗ばかりかいている。距離が近い。これまでも構内をふたりで歩いたりしたけれど、それがなぜ平気だったって、次の講義が一緒だからとか、ついでだからお昼ご飯を食べに行くとか、それらしい理由があったからだ。これは違う。ふたりで、約束を取り付けて、ふたりで来たのだ。デートだ。その事実が、わたしの息を詰まらせる。お腹が苦しい。気分が悪い。でも、隣で水槽を見て、「すごい。でっかい」と目を輝かせる彼はかわいいし、ちょうどわたしの目線あたりにある喉仏は、どうしようもないほどにかっこいい。
「体調悪いの?」
中にあった小さなレストランで、わたしたちは向かい合って座っている。終始顔色の優れなかった、挙動不審なわたしを訝って、彼は心配そうにわたしの表情を伺っている。
ばれてはいけない。
「ううん、風邪とかそういうんじゃなくて」
「ほんとう?」
「ゆうべ、よく眠れなくて」
こう言ってしまえば、今日が楽しみで寝付けなかった、かわいい女の子、を装えるだろう。計算しつくした声色と視線で答えたのに、彼は疑わし気な顔を崩さない。
「ほんとのこと言って」
途端になぜだか涙腺がゆるんで、泣き出してしまった。かろうじて声は出なかったものの、周りのひとたちはぎょっとしたような目つきでわたしたちを見ている。それでも彼は、ひとつも動揺せずに、わたしを見つめている。
「外、行こっか」