こんなことを言っては自意識過剰と思われるかもしれない。しかしわたしにとってこれはたいへん重要かつ深刻な問題である。枕に顔を押し付けて息を殺しながら、わたしは今日のお昼のことを考えていた。
 いいな、と思っているひとがいる。もちろん、男の子。大学に入ってしばらくして、なんとなく、彼氏という存在は流れでできるような気がしていたけれど、そんなことはなくて、友達と遊ぶことばかりに時間を費やしていた。あるとき非常に腰の軽い友達に誘われて出向いた居酒屋に(今思えばアレは合コンという奴だったのだろう)、彼はいた。
 趣味が合う。性格が合う。会話のテンポが気味が悪いほどにかみ合う。出会うべくして出会ったのだと思いたくなるほど、その縁下力という男の子とわたしは、相性がよかった。学内で遭遇すれば立ち止まっておしゃべりをしたし、被っている講義があれば前後か、隣の席に座った。お昼ご飯を一緒に食べたことだってある。いい友達ができた、という喜びを感じると同時に、このひとかっこいいな、優しいし、こんなひとと付き合えたらな、と漠然と考えていたことも事実だ。
 それが簡単に崩れ去ったのが、今日のお昼なのである。
 ひらたく言えば、わたしはなぜだか恋愛に対して恐怖を抱いている。原因はわからない。家庭環境なのか、過去の恋愛なのか、はたまた別のことなのか。とにかく「交際する」という行為がたまらなく恐ろしい。自分が追いかけているだけのうちはまだいいのだけれど、想いがうっかり通じてしまったり、あるいは誰か、ほかの男性に想われたりしてしまうと、もうダメだった。わたしをまっすぐに見つめる瞳が恐ろしい。わたしを好いて、わたしの隣に居たがって、わたしを欲するような態度が、恐ろしい。
 これだけ長々と語って何が言いたいのかというと、つまりフラグが建ったのだ。

「水族館?」
「うん。木下が彼女と行ったらしくて、自慢してきて」

 食堂でばったり会ったので、また向かい合わせで一緒にご飯を食べることにした。木下くんというのはこの前の合コンにいたひとだ。それで、そこで会った女の子と付き合い始めた。縁下くんが味噌汁を啜って、ホウレンソウのお浸しに箸を伸ばす。彼は和食が好きらしい。

「そんで、割引券あるんだよね。二人分」

 何を言わんとしているのかは分かった。誘われているのだ、ふたりで行かないかと。わたしは何も考えずにうなずいた。

「いいね、行きたい」

 その返事を深く後悔することとなる。バイトを終えて家に帰ってからわたしは屍と化していた。弟に「振られたの?」と訊かれる始末。いいえその逆ですとは言えないので曖昧に答えた。

(これは、デートなんだろうか)

 身体を仰向けにして、ため息をついた。息苦しい。逃げ出したい。断ればよかった。マイナスな考えばかりが浮かんで、いつかこのことを相談した友達のくれた言葉を思い出す。 イヤなら逃げればいいじゃん。無理していいことなんてないよ、恋愛なんて。 その通りだと思うし、なるべくならいらない荷物は抱えたくない。でも今までみたいに、ごめんね急用が入っちゃったとか、体調崩しちゃって行けないやとか、言えない。なぜかって、わたしは彼が好きなのだ。


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