平凡 | ナノ
彼がテニスをする理由
「桃っ!!」
「へへっさーせん先輩。ちと重傷かも」
おとなしく足を伸ばしながらベンチに座る桃。 その左足には、普段海堂の頭にあるバンダナが巻かれている。
桃と海堂がダブルスを組むのは聖ルドルフ戦以来だけれど、二人はあの頃より格段と強くなったし、黄金ペアとの試合を重ねてダブルスとしても強化されていたはずなのに、負けた。 後衛の桑原くんは中々抜けないし、前衛の丸井くんはボレーのスペシャリストらしく一つ一つの技が凄かった。 テニスボールが綱渡りすんなんて。
「頼んだよ乾。」
そして黄金ペアもが敗北となった。 S3はデータマン乾。 コートに居る二人の会話によると、どうやら乾と対戦相手は知り合いみたいだ。
ここで乾が負ければ、立海の優勝が決まる。 それはつまり、私たちは準優勝ってことで。
「うぉぉおおおー!!」
「ちょっ乾?!」
「これが…データを捨てた、乾のテニス…」
コートにはがむしゃらにボールを追いかける乾が居た。 いつも冷静にデータに忠実にプレイする彼からは想像も出来ない程の汗。 その姿を見て、あたしは勝利を確信した。
「頑張れ乾先輩!!」
*
「ごめんねゆき。この試合だけは、どうしても退く訳にはいかないんだ。」
あたしに背を向けたままそう言った不二。 彼は見事勝利した乾と入れ替わりでコートに入った。
不二のテニスを見てるのは苦しい。 けれど、今日の不二はどこか違くて。 なんでだろうって思った矢先に事件は起きた。 相手の打ったボールが目に当たり、一時的に視力が低下してしまって目が見えなくなった。 それでも試合を続行する不二。 試合前に預けられたジャージをぎゅっと握る。
「邪魔なら僕を団体のメンバーから外してくれ」
たまたま聞いてしまったそれに、ひどく悲しくなったのは何故だろう。 その時やっと気がついた、不二のテニスが苦しい理由。 《勝ちに執着できないから。》 それはとても悲しく残酷だった。
「残念な顔」
「え?ってうわっ!」
「そんな顔されるとテニスする気失せるんスけど。だからこれ被っといて。」
もう歩かなくても良いんだよ 狭くなった視界に映ったのは 勝ちに思いを馳せる不二
2012 03/17
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