平凡 | ナノ

エースの怪我




「黒川君の病室は265号室になります。奥の階段をお使いください。」



白のナース服を纏った看護婦さんに言われるがまま奥の階段へと向かう。
明後日は立海戦。
なのに私が居るのは神奈川にある金沢総合病院。
二年副会長の黒川琉が怪我をしたらしく、その見舞いにやって来たのです。



「こんなときに怪我なんて、勿体ないね。」

「別に試合出させてもらえないから構わないっスけど。」

「…まだ控えなの?」

「先輩に華持たすのが二年の役目らしいっスよ」



琉の言葉に思わず苦笑い。
青学一上下関係の厳しい部活は野球部だもんな。



「勝ち進みたいって思いはみんなあんのに気持ちがバラバラっつーか」

「気持ち?」

「目指してる場所がそれぞれ違うんスよ。テニス部みたいにひとつに定まってない。」



まあ、これは手塚会長の受け売りっスけどね。
今度は琉が苦笑いをした。



「俺が生徒会入った理由って、部活サボれるからなんスよ。」

「え、部活嫌だったの?野球好きなのに?」

「野球はチームプレイなのに、三年は誰も協力しようとせず自分のプレーの結果ばかり気にして。失敗した暁には後輩でストレス発散して。そんな部活のどこが楽しいと思います?」



そういえば今の生徒会が発足してすぐの頃、琉は仕事も無いのに生徒会室にいつまでも居座ってた気がする。
同学年の子の仕事を引き受けてまで、あそこに居続けてた。
それって、部活に行きたくないからだったんだ。



「でも、会長に言われて気づけたんスよ。俺が青学野球部を作ればいいって。」

「手塚?」

「《お前が野球部を変えろ。必ず全国を目指してな。》って会長が。それからはできるだけ部に出るようにしてます」



できるだけじゃなくてちゃんと出なさいよって思ったけど、言えなかった。
だってこれ、1年前のあたしと似たような話じゃない。
…琉は逃げてないけど。



「俺、新体制になったら全国目指して野球部改革すんで。試合見に来てくださいよ?」

「その前に、治せんの?」

「それは三年の頑張り次第っスね」



悪戯っ子のように笑う琉に魅せられて、とりあえずあたしも笑った。








今にでも泣き出しそうなのは
前を向きたいのに
過去はいつまでも
あたしを縛りつける


2012 03/15