平凡 | ナノ

私の役目




「いきなりお邪魔してごめんね。」

「ううん。ゆきちゃんが頼ってくれるなんて珍しいから逆に嬉しかったよ。気をつけてね!」

「ありがと。またね!」



関東大会1日目を終えた次の日、あたりは朝から前校の友人である柚菜の家にお邪魔していた。
時刻は13時。
ボーリング大会を行っている彼らは今頃白熱したゲームでもしてるんだろうな。
ズレてきたリュックをもう一度背負い直して歩き出す。
何故あたりがここに居るのか、その原因は昨日の帰り道の手塚の言葉だ。



「黙っていてすまなかった。」

「ほんとだよ。まあ追究しなかったあたしもだけどさ。」

「…それから、」

「ん?」

「俺が居ない間のテニス部を、青学を、頼む。」



意味がわからなかった。
手塚が居ないって、どういうこと?



「肩の治療の為にしばらく九州へ行ってくる。」

「九州…」

「九州に青学附属の病院があるんだ」



その時はもう何も言えなくて。
手塚がいろいろ話してくれたけど、ひとつも頭の中に入ってこなかった。
これ以上一緒に居たら泣いてしまう。
そう思ってあたしは一人、別ルートで家路についた。









*








「大石ー!ゆき来ないのー?」

「ああ、用事があるから来れないって言ってたぞ。」

「椎名先輩、昨日からちょっとおかしかったっスよね。」

「海堂の言う通り、俺もなんか変だなって思ったよ」


「ねぇ手塚?」

「なんだ?」

「ケンカでもしたの?」

「してない。俺は宣言通りに説教されただけだ。」



ぶっきらぼうに言い捨てて我らが部長は先にボーリング場へと入って行ってしまった。
(ゆきがここに居ないのは、手塚が原因ってことかな。)
あの態度を見れば誰だってわかる。
ケンカかどうか尋ねたら即効で否定してきた。
だけど言い切ったあとの彼の表情はなんだか寂しげで。
手塚がそんな顔するなんて、僕初めて知ったよ。



「ま、明日になれば元に戻ってるよね」

「何がっスか?」

「なんでもないよ。ほら、越前も早く入ろう。」










*









せっかく出かけたのにこのまま家に帰るのは勿体ない気がして、ダラダラと歩き続けていたら先日越前に連れて来られたストリートテニスコートにやって来た。
自分がテニスをする訳ではないけど、たまには青学以外のプレーを見るのもいいなーなんて思ってフェンスの扉を開けて中へ入る。
そこには見覚えのある人が居た。



「また誰か来たよ。ここはコート一面しかないからやめてほしいんだよな。」

「コラ深司!失礼だぞ!」

「…すんまそん」

「あれ、もしかしてあなた…」

「杏ちゃん知り合い?」

「うん。青学のマネージャーさんですよね?」

「あっはい。あなたは橘杏ちゃん?」

「そうです!先日はどうもありがとうございました。」

「桃が色々迷惑かけたみたいで…ごめんね?」



ストテニに居たのはあの黒の集団こと不動峰だった。
マネージャーのあたしは基本コートに立ち入ることはないし、相手の選手と顔を合わせることはほとんどないからあたしのことは知らなくて当然なんだよね。
それから流れでみなさんと自己紹介をして伊武くん、神尾くん、杏ちゃんは三人でなんだか楽しそうにテニスを始めた。



「椎名はボーリングへ行かないのか?」

「!なんで知ってるの?」

「今朝ここへ来る前に青学に会ったからな。」

「へぇ…。ちょっと、行く気にならないっていうか…」



手塚の顔が思い浮かんで俯く。
それを不思議に思ったのか橘くんが顔を覗き込んできた。



「大丈夫か?」

「うん。えっと、今はあんまりはしゃぐ気になれなくて。…大切な人がね、しばらく遠くに行っちゃうんだ。」



柄にもなく弱々しい声が出た。
すると橘くんは兄のように頭を優しく撫でてくれた。









言葉にならない心の音色
「心配することない。また会えるんだろ?」
「まあ…」
「大丈夫さ。笑顔で見送るのが、椎名の役目だよ。」


2012 01/18