Amour | ナノ


今日もまた、

駅前の雑貨屋さんに二時間近く居座り、そこからなんだかお腹が減ったと言い出した黄瀬のためにファミレスへと向かった。彼の手の中には先ほど買った化粧ポーチがある。彼女も居ないのになんでこんなの買ってるんだろーとか思ってたらそれを察してか、「マネージャーの如月さんがもうすぐ誕生日なんスよ。」と教えてくれた。あの美人なマネージャーさんか。何度か会ったことある。


「にしても、街中黄瀬だらけだね。」
「そうっスかねー、まあ一年の頃に比べたら仕事は減ってるんスけど。」
「そのせいで月バスがこぞって取材に来るじゃん。」


去年の海常男バスのウィンターカップの成績は準優勝。それなのに今年のインターハイ前の取材の量は例年を上回っていた。もともと笠松先輩が全国レベルの人だったから、一年の頃もかなり取材は来てたんだけどね。


「そういう紗由っちもかなり取材来てたじゃん」
「優勝したからじゃない?」
「まあそうだけど…うわーなんか今すんげぇー悔しい!!」


突然叫びだした黄瀬をほっといてあたしは勝手にファミレスに足を踏み入れた。慌てて入ってきた黄瀬を見つけた入り口近くに座る女子高生が叫ぶ叫ぶ。いやいやこっち見過ぎでしょーとか思ってたら、その視線が自分に向いてるのに気付いた。パッとそちらに視線をずらすと、


「わっ…」


同じ中学の友人が座っていた。しかもよりによってテニス部って何さ!あたしバスケ部だからバスケ部に会いたかった!とかなんとかってひとりもやもやしながらそこに向かって、なぜか笑顔で「久しぶりだね。」なんて言ってた。人ってどうしてこんな風に思ってることと違うこと言えるんだろう。




*




「こんなとこでまさか高屋に会うとは思わなかった」
「あたしもだよジャッカル。こんなにたらふくデザートを食べてる丸井に出くわすなんて…」
「別にいいだろぃ?安いし美味いし!」
「見てるこっちが吐きそうぜよ」
「真田は少し静かになったんだね。」
「そうか?」
「中学の頃でしたら、すぐさま丸井君を怒ってましたもんね。」
「そうそう。あたしも何度か怒られてたもん。それにしても変わらないね。」
「…高屋も変わらないね。」


最後にそうつぶやいたのは幸村だった。そちらに顔を向けると、相変わらず女顔負けの笑顔を浮かべてて、その笑顔がまたあたしの脈を速くする。ああもう、今顔赤くなるなよ!


「それより高屋、彼はいいのか?」
「そーっスよー!オレを置いてくなんて紗由っちぐらいっスよ!」
「…大丈夫だよ柳。この人雑草よりしつこく生えてくるから。」
「またそーやって…なんで?!黒子っちも笠松先輩もオレに対してそんな厳しいんスか…」
「その顔がむかつくからって言ってたよ、先輩。」


ナイスタイミングで現れた黄瀬に今回ばかりは両手を挙げて感謝する。多分あのままだと顔が赤くなって何も喋れなくなってた。仕方ないからドリンクバーぐらい奢ってあげようかな。


「邪魔だったらオレ帰ろうか?」
「へっ?」
「せっかく中学時代の友達に会えたんだし、ゆっくり話したらどうっスか?また明日から部活三昧だし。」
「まだ部活あんのか?」
「バスケの全国大会は冬にもあるんだったな。」
「いいよ、今日は黄瀬と約束してたんだし。それにこの後ストバス行くつもりだったし。」
「ええ?!この後って「んじゃまたね!そのうち連絡するから!」


黄瀬の腕を掴んでできるだけ彼らから離れた席に座った。だめだめ、今はあそこに居たらだめ。なんでか自分でも知らないけど、朝から幸村のことが頭から離れないんだから。


「もしかして紗由っち…」
「ん?」
「あの中に居るんスか、例の初恋の人。」


こういうことになると妙に勘がいいのは、仕事柄なのだろうか。黙りこくったあたしを見て納得したのか「しょーがないからストバス行ってあげるっスよ。」なんて言ってメニューを見だした。

あたしの初恋の人は幸村精市という女みたいな顔して儚い雰囲気を纏ってる男の子だった。そのくせ運動神経がとてもよくて、テニスなんかは化け物みたいに強かった。テニスをしてる幸村は、正真正銘の男の子で普段とのギャップに驚いたのを今でも覚えてる。仲良くなると幸村は案外毒舌であることを知った。あたしもぽろっと毒を吐いてしまうことが多々あったから、幸村とは結構気があった。


「あの藍色の髪の人」
「あー、なんとなくそうかなって思ってた。」
「弱そうに見えるのに、テニスやらせるとめちゃくちゃ強いんだよ。」
「あのメンバーはテニス部なんスねー、てかイケメン多くね?」
「なんでか知らないけどあの世代のテニス部は顔面偏差値高いんだよ。都内の強豪校も関西も。」


直接彼らと話をしたことはないけど、確かにみんなイケメンだった。全国大会を見に行ったのが懐かしい。跡部君とか、今でもテニスしてるのかな。


「紗由っちさあ、オレ思うんだけど、」
「なんでしょう?」
「多分、今やっとその幸村君を好きになれたんじゃない?」


中学の頃、すべての中心はバスケでそれは今と変わらないんだけど、その中に突然幸村が入ってきた。彼に対する思いが『好き』というものなんだと知ったとき、初めての恋を実感するとともに怖くなった。この思いが、今の関係を壊すんじゃないかって。


「中学生なんかまだガキだし恋愛の仕方もわかんないし、思いの伝え方も知らない。そうやって見て見ぬフリした初恋を忘れられなくて、今また、好きって気持ちが膨らんでるんだよ。」


紗由っちも大人になったってことじゃない?




逆さ回りの掛け時計
(失う怖さを知る前に)
(手に入れた喜びを知るべきだ)


20130207

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