立海大付属高校テニス部
今まで見てきたものを、夢だったとでも言うのだろうか。




「比呂志、こっちの鞄のが重い!」
「元気になったんですからそれくらい持ちなさい。部活に戻ったときどうするんですか?」
「…ここに居るのが赤也だったら率先して持ってくれるのに」
「切原君は少々香奈を甘やかしすぎですね。」


目が醒めて一番に飛び込んだのは真っ白な天井、ではなくて、今にも泣きそうな幼馴染の顔だった。


「全く…つい一週間前まで眠っていた人とは思えません。」
「眠りすぎて逆に元気なんだよきっと。」


あたしは今高校三年生で、関東大会の決勝の日に会場に向かう為に乗っていたバスが事故に合い、意識不明の重体だったらしい。今年の関東大会は七年ぶりの神奈川県での開催だった。たまたま比呂志とは別々で行くことになっていたらしく、彼はちゃんと試合に出たそうだ。


「もうインターハイなんだねえ…」
「あの夏から、三年が経つんです。卒業して入学して、二度の優勝を経て、今度こそは、」
「三連覇、だよね。」


体力が回復したのは目が覚めて二日後で、その時にテニス部のみんなに今まで見ていた『夢』の話をした。仁王が放送部ってことにみんなが笑ってて、真田が剣道部ってことには頷いてた。


「あなたは…」
「んん?」
「一度、違う人生を歩んでみて、どうでしたか?」


説明し難いから、目が覚めるまでの話を『夢』と呼んでいたけれど、あれは本当に『夢』だったのだろうか。あの世界でもあたしは湘南に生まれて、海が近い幼稚園に通い、そこで比呂志と出会った。中学は立海を選んで受験をし、料理が好きだからという理由で料理部に入った。中学の三年間は本当に楽しくて面白くて。けれど、悲しいこともあったし苦しいこともあった。本当に、そこで、あたしは、生きていたのに。息をしていたのに。


「なんかね、得した気分だよ」


へらりと笑って見せれば安心したように比呂志は眼鏡のふちに触れた。


ちょっと不思議な、嘘のようで幻のような、でも現実みたいな、世界が幕を閉じた。





彼女が生きた世界

20130515


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bkm