結婚願望
「本日はありがとうございました。末永くお幸せに。」


そう言ってタクシーの扉が閉まり、頭を下げた。こうしてまた、自分の会場から1組のカップルが夫婦となって帰って行った。


「この仕事っていろんなカップル見れて面白いですよね〜」
「どうしたの急に」
「いやー改めてこの仕事やってて良かったなって思って。」


ニコニコ嬉しそうな後輩の横でそうだねと相槌を打って手を動かす自分。
あたしの仕事はブライダルスタッフ。結婚式の企画、進行を担当するものだ。


「そういえば先輩ってこないだの誕生日で27になったんですよね?」
「そうだけど?」
「結婚とかしないんですか?」
「…何、山田はそんなにあたしに居なくなってほしいの?」
「別にそーゆう訳じゃなくて!自分だったらそのころには結婚してたいなーって」
「キャプテーン、ここにサボってる子が」
「ちょ!先輩ごめんなさいー!!」


この業界に足を踏み入れたのは大学入ってすぐ。アルバイトで結婚式の配膳スタッフをしていて、就職を考えるときにもっとこの世界に居たくてブライダルスタッフを選んだ。おかげで週末は毎週大忙し。帰路につくのが日付を跨ぐなんて毎度のこと。


「ただいま」
「やっと帰ってきたか。0時回んなら電話しろつっただろ?」


帰りを迎えてくれたのは彼氏である火神大我。同棲を始めてまだ3か月。大学で彼に出会って、付き合ったのは1年の秋ごろだったか、なんて思い出してたらテーブルに夕飯が並んだ。さすができる男。


「大我って結婚願望ある?」
「ぶっ!ちょ、いきなりなんだよ?!」
「なんとなく。」


そばにある布巾を手渡して、箸を持ち直す。この味噌汁好きだなー。


「別にないわけじゃねぇーけど」
「けど?」
「っ〜!そっそーいうお前はどうなんだよ!」
「あたし?」


持っていた茶碗をおいて少し考えてみる。約十年近く結婚式を間近で見てきて、それに特別感を持たなくなってきた今日この頃。身近すぎて、なんとなく結婚というのはある種の通過点なんじゃないかと思えてきたり。


「大我と一緒に居れるなら、結婚してもいいよ。」
「なっ?!」
「これからも大我の料理食べたいし。そしたら一度アメリカ行かないとだね」
「おっ前な…女なんだからもう少し結婚って言葉にときめいてもいいんじゃねーの?」
「年に何百件の結婚式見てたらこうなるよ」
「そーかもしんねーけど…ま、いいわ。絶対ぇ式中に泣かせてやる!」
「なにそれ」
「オレで良かったって思わせてやるよ。」


そう言ってキッチンに戻ってく大我。
泣かせる演出は結構あるけど、あたしあんまり泣かないから手強いよーなんて思いながらまた食事に戻った。後輩の山田はしょっちゅう泣きそうになってるけど。

大我のタキシードか…かっこいいかも、案外似合う。髪はオールバックで、タキシードは白よりグレー、いや白だな。


「意外とノリ気じゃん、あたし。」


自然と緩んだ口許を隠すように味噌汁をすすった。
この味があたしのものになるまであと少し。あの純白を自分が着るまで、たぶんあと少し。




画用紙に未来予想図を描く

企画「愛人」様提出
20121202


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bkm