この写真を手に取ってもう何時間経っただろう。喉が渇いたのでリビングに向かえばそこには誰も居なかった。そういえばお父さんが今日、単身赴任を終えて帰ってくるってお母さん言ってたな。だから迎えに行ったのかも。
冷蔵庫を開けてお茶のピッチャーを取り出したとき、玄関のインターホンが鳴った。


「はい?」
「あの、黄瀬、ですけど」


基本インターホンは出なくていいと言われてたのをすっかり忘れていた。しかもよりによって、訪問者が黄瀬君だなんて。


「えっと…」
「あ!今、開けます、」


手に持っていたピッチャーをテーブルに置いて玄関のドアを開けに向かった。







「お母さん居ないんスね」
「ちょっと出かけてて…お母さん、に用事でしたか?」
「いや、オレはこれを届けに来ただけっス。」


向かいの椅子に座る黄瀬君が鞄から取り出したのは黄色の小さな巾着袋。それには見覚えがあった。退院するときに、事故の時に持っていたものを渡されたものだったから。


「昨日、スタジオに忘れてったみたいだったから。」
「…ありがとう、ございます」


中に入ってるのはネックレス。小さな星が三つ連なってる可愛らしいネックレスだ。黄瀬君がこれを私のだと分かったってことは…


「これ、もしかして黄瀬君がくれたんですか?」
「えっ?」
「…ひとつ、すごく大事なこと、黄瀬君に、聞きたいんです。」


何枚のアルバムをめくっても、必ず隣に居る彼。きっと、一番仲が良かったんだろう、なんて考えてたけど、あの写真で確信した。きっと、私と黄瀬君は、たぶん、


「私たちって、その、…付き合って、ましたか?」
「っ…。なんで、そう思ったの?」
「…写真の中で、黄瀬君の隣に立つ私、すごく幸せそうで…それに、」


黄色見てると、落ち着くんです。

そこまで言うと、黄瀬君は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
私は確かに記憶喪失になったけれど、26歳の女であることに変わりはない。この反応がなんなのか、なんとなく分かった。


「いつから、ですか?」
「…高3の一月っスよ」
「中学から知り合いなのに?」
「お互いバスケ一筋だったんで…それと、」
「?」
「来月の今日、12月22日に、結婚式挙げる予定だったんスよ。」
「え…?」
「オレの仕事の都合もあるから一年前から決めてて。…由実が事故に合った日も、打ち合わせしてたんス。」


今にも消えてしまいそうな顔をしてる黄瀬君を前に、私は開いた口がふさがらない状態だった。あと一か月で、私は彼と、結婚、する…?


「でも、今話し合ってるんで心配しなくていいっスよ。オレがなんとかするんで」
「そんなの!」
「知らない奴と突然結婚だなんて由実も嫌でしょ?」
「…っ。」
「…だけどまだ、諦めた訳じゃないっス。」


オレのこと思い出してもらえるように、もう一度プロポーズするから。


「由実、オレと、付き合ってください。」









脳裏にこびりついた幸福
(タイムリミットは一か月)
(ふいにどこからか聞こえる鐘の音は、一体、何?)
(私はあと一か月で)
(彼のことを、思い出せるだろうか)

20121123