迷子になった。
真っ暗で何も見えない道をただただ歩く。
振り返っても、何もない。
私一人だけが、そこに居た。


「これが青峰君のお家までの地図ね。もしかしたらここに火神君て子も居るかもしれないんですって。」
「火神君?」
「…由実の高校の部活の友達よ。火に神様の神でかがみ君。」
「わかった。行ってくるね。」


病院を退院して二週間。あたしは今日からやっと一人で外出することができる。

3か月前に交通事故に合って、あたしは記憶を失ったらしい。
身体は幸いにも軽傷で済んだけど、目が覚めた日からの毎日はモノクロの日々。色が見つからない。

そこで母が提案したのが、昔の友人に会いに行くことだった。
母曰く、私の友人はカラフルな人が多いらしい。


「…ここ、かな?」


未だに母かどうかも分からない女性に手渡された高層マンションに足を踏み入れる。
男の人二人のところに女が一人で、なんて考えもしなかった。話しかけてくるたびに切なそうな顔をする《お母さん》をもう見たくない。ただ、それだけだった。


「…お前か。」
「…こんにちは」


インターホンを押したにも関わらずいきなりドアを開けてきた。
青い髪に色の黒い肌。彼が、恐らく中学時代の友人、青峰大輝君だろう。


「中に火神も居るからよ、とりあえず上がれ。」
「はい。お邪魔します。」


大理石の廊下を歩く。タイツだからやけに冷たく感じた。
リビングに辿り着くと、赤髪の火神君と思われる人も居た。


「もう外出て平気なんだな」
「はい。あの、」
「あー、来た理由は由実の母さんから聞いてっから。お前はただ俺たちの話聞いてればいいよ。」


そっと乗せられた右手は大きくて、懐かしいような、そんな温もりがあった。




「じゃあ二人はアメリカでバスケしてるんだ。」
「おー。今はオフシーズンで久々に帰ってきたんだわ」
「あんまり帰ってこないの?」
「去年は忙しくてよ。そしたらお前とさつきに怒られたぜ。」
「年に一度は会うようにしてるもんな」
「仲良いんだね。」
「他人事じゃねーんだぞ?幹事はいつも由実なんだから。」


二人が話す私はしっかり者らしい。火神君が言うに、《あのキセキをまとめたスゲー奴》なんだとか。聞いてる限りバスケのことばっかで、私って実はバスケ馬鹿だったりしたのだろうか。


「由実は毎日幸せそーだったぜ。友達もそこそこ居たし、オフはよくカントクと遊んでたし。」
「カントク?」
「相田カントクつってな、俺たちの一つ上の人がバスケ部の女カントクだったんだよ。」
「中学ん時はよくさつきと出かけてたな。その度にオレん家に報告しに来てほんとウザかった」


ウザいと言いつつも笑顔の青峰君。
過去を懐かしむように語る二人に、私は至って冷静に相槌を打つ。
思い出したくない訳じゃないのだけど、聞いてたらなんだか、思い出せない気がして。私の過去、失った記憶はあまりにも壮大で、濃密すぎる。


「まあ無理して思い出そうとすんなよ。」
「うん。今日はありがとう。」
「日本に居る間ならいつだって来ていいからな」


二人はあたしがマンションから出るまで、部屋に戻らなかった。





私を満たす不協和音
(せめてアイツのことだけでも思い出してくれたらな…。仕事できてんのか?)
(多分してんだろ。…どんなんだろーな、好きな奴に忘れられるって)
(相当辛いもんだろ。きっと。)

20121107