▼34




いよいよ西浦の夏が始まった。



「ナッ、ナイキャッチー!」



あたしの声が、ベンチ内に響く。
1回の裏、打者は3番の島崎さんって人が、三橋くんの球をライトに打ち上げた。
しかもスタンドギリギリ。
たった今それを花井くんがキャッチしたところ。



「千代ちゃん!」

「うん!すごいね〜花井くん!あ、みんな戻ってくるよ!」

「のっ飲み物!」



スコアは千代ちゃんに任せた。
あたしの字は丸っこくて見ずらいし、昔からプレーに見入る癖があるから付け忘れちゃうんだよね。



「阿部くんっ飲み物!」

「おー。あ、三橋にさ、飲みもんとタオルやってくんね?」

「タオル、ね。…三橋くん、緊張、してるの?」

「(葉山も気づいたか?)いや、手温っけぇし、ちげぇよ。雨も降ってるし、楽させてぇんだけどな」



じゃあ、あの顔の赤さはなんなのだろう。



「タオルと、飲み物。着替える前に、拭いた方がいい、よ?」

「!あっり、がとっ!」



しばし三橋くんを観察。
ちゃんと身体拭いてるし、飲み物も一気飲み。
(…一気飲み?)
さっきの回、三橋くんは6球で抑えた。
1回を6球で抑えるなんて効率いいし、こっちとしては投手の負担を減らせるからラッキー。
だけど、三橋くんは一気飲みするくらい喉が渇いていたようだ。



「今日、コンディションいい?」

「いい、よ!三振、みっつ!!」



満面の笑みに思わず口許が緩む。
これなら、大丈夫だよね。



「三橋くん、勝とう、ね!」

「おっ、おー!」









*








「たったたた単独、スチール…」

「今…走塁のサインは、出てなかったよね?」

「…と思う…よ」



2回は花井くんから始まって、見事彼はセンターへ放った。
それから、桐青の投手、高瀬さんが崩れてきてるのか、イマイチ断定できなかったけど二回牽制されて、今サインがなかったのに花井くんはモーションに入ると同時にベースを踏み切った。



「桃ちゃん、どう思う?」

「今の、ですか?」



今の一連を見る限り結構危ない盗塁な気がした。
だけど、スタートのタイミングが良すぎる。



「花井くんの顔が、ちょっと赤いし、田島くんの合図からして、多分、」



モーションを盗んだんだと思います。
そう言い切ったらモモカンは自分の世界に入ってしまった。









*








「三橋くん!逃げて、!」



自ら転がりながらも出塁した三橋くんは2塁を意識しすぎたのか、まんまと挟まれてしまった。
それを見兼ねたサードランナー花井くんがホームへと走り出す。



「どっどっち?!」


《スコアーザラン!》


「え、」

「スコアー…?」


「西広くん!先取点だよ!!」



どうやら花井くんのホームインの方が早かったようだ。







*








「何度だった?」

「7度8分です。」

「熱中症ではなさそうですね。」



先取点が取れて浮かれたいとこだけど、今日の三橋くんはやっぱりどこか違うようだ。



「桃ちゃん、」

「?」

「よく見といて?」









―加速してそのまま君のもとへ―
(何となく感じた)
(危険なサイン)




2011 10/30 魔女


[ 35/37 ]