どうやら組み合わせはそれぞれ息の合った者同士だったらしく、名残惜しさなど感じさせないすみやかさで目的地へと向かって行った。
私と切原君を除いては。

不機嫌そうな彼の顔に、再び嫌な予感がする。
「さっきっから聞きたかったんだけどさ、アンタ俺のこと知ってんの?」
……あぁ、なんだそんなことか。私に答えられることでよかった。
『知ってますよ。去年の海原祭実行委員で、同じ装飾グループでした。点呼の時はいつも寝てるし、前日の準備日も来ないし、片付けの日だけちゃっかりきて打ち上げで大はしゃぎしてましたよね』
「あ、あれー? そんなこともあったっけ……?」
『まぁそんなもんですよ。ところで、私も一つ聞いてもいいですか?』
「あ? なんだよ」
『探すと言ってしまいましたが、幸村君とはどんな人でしょうか。どうやって判別したら……』
さっき丸井君が簡単に説明してくれたけど、ほとんど覚えていない。黒髪で背が高くて? できればもう少し情報が欲しい所だ。私の問いかけに切原君は信じられないというように目を丸くした。
「お前、幸村部長知らねーの!? あー……、そっか。まぁお前テニス部じゃねーもんな。幸村部長は、マジでメチャクチャつえーんだぜ!」
『はぁ……。真田君よりもですか?』
「はっ、真田副部長なんてメじゃねーよ。それから、真田副部長より、ずっっとこえー……」
声を潜めて、切原君が身震いをしながら言う。
なるほど……? 真田君より強くて怖い、と。最早それは中学生には見えないのでは?
私は切原君の情報から幸村君を想像する。きっと筋肉隆々で、顔は恐ろしくて、声も大きいんだろう。真田君よりも。
やっぱりそれって。
「まっ、確かに俺たちの助けなんて必要ねえかも知んねえけど。でも行かねーといけねえの」
『それは、どうしてですか?』
「わかんねえけど。でも全員、幸村部長を探しに行くのが当たり前って思ってるっしょ。やべっ、ちょっと時間経っちゃったな、」
「そろそろ行くか、と赤也が言う確率、一〇〇%……」
「げっ、柳先輩。ってことは、」
「こんなところで油を売っていたとは。たるんどるぞ、赤也」
スタート地点でもたついていると、真田君と柳君がやってきた。真田君の手には、……日本刀?
「真田副部長、それどーするつもりなんスか?」
「有事の際に使えると思ってな」
「海原館には居合部の部室がある。弦一郎が一時的に拝借したいと言うから、俺が案内した」
『真田君、怪異を相手取る場合、基本は逃げることをお勧めします。相手は人間ではないのです。祟られでもしたら敵いませんよ』
「俺とて好んで戦いたい訳ではないわ。備えあれば憂いなし、その程度だ」
『……なるほど』
「では行くとするか、弦一郎。赤也、永山、お前たちもだ。途中まで同行しよう」
「うむ、それが良いな」
「へーい」
『……よろしくお願いします』

心配してくれるんだろうけど、これはちょっと動きにくい。早く他の怪異にもあってみたいんだけど。
そう思いながら、下駄箱付近から階段前を通って、校舎一階の廊下へ。電気の消えた廊下は仄暗い。まだ陽が落ちきってないから電気をつけなくてもなんとか歩けるが、人が居ない校舎ということもあって物寂しさを感じずにはいられない。
切原君も同様のことを思ったようで、どこか不安げにつぶやいた。

「人が居ない学校って学校って、こんなに不気味なんスね……」
「居るではないか、ここに四人」
「俺ら以外には誰も居ないじゃないスか!」
「ふむ、確かにおかしいな。職員室や研究室がこの棟に無いとはいえ、警備員の一人くらいは巡回しているはずだ」
柳君の言う通りだ。こんなに人と会わないのはおかしい。

まるで誰もいない校舎に、私たちだけ迷い込んだみたいだ。

薄暗い廊下を、度々教室の中等確認しながら歩く。
反対側の階段まで着いたら、真田君と柳君は三階まで上がるらしい。私たちはそのまま一階をうろうろし、幸村君を見つけたら保護して昇降口へ、異変があれば逃げるように言われた。過保護……。
反対側の階段に着くまであと二〇mほどといったところで、何か変な物音が聞こえた。
ぺたぺたと裸足で歩くような音と、重く湿ったものを引きずるようなズルズルと言う音、そしてかしゃんかしゃんという金属が揺れるような音。
ぞわりと鳥肌が立つ。進まないほうがいい、そんな予感がして私は足を止めた。

『切原君……』
「なんだ?」
すぐ隣を歩いている切原君に声をかけると、前を歩いていた二人もこちらを振り返る。
私の潜めた声に、怪訝そうな顔をしている。私は三人に向かって問いかける。

『この先、不気味な感じがしませんか? 道を変えたほうが……、』
「っ!! 何奴!?」

私が足を止めてからも続いていたあの異音が、真田君にも聞こえたらしい。真田君は音のした方向、つまり廊下奥を睨みつける。
廊下にぴったりくっついて発せられる、なにかを引き摺るようなこの異音を手掛かりに、この後現れる何かを想像する。一体どんな想像力を持っていたら、この正体を想像できたのだろうか。

廊下の奥のくらやみから現れたのは、手を前足のように使って這うように進む、女学生の上半身だった。

肩よりも長い、黒髪のストレートヘア。下を向いているため、髪の毛で表情は見えない。そしてこの辺りでは見覚えのないセーラー服を着ている。ここまで足の代わりとして使ってきたのだろう上半身を支えてきた傷だらけの腕と、口に咥えられた長い棒状のものが異彩を放っている。だからそれすらも霞むくらいに、彼女には下半身がなかった。
セーラー服の端から先が、ない。あるはずのプリーツスカートも、下半身も、丸ごと。空間がえぐり取られたかのように、存在していなかった。その非現実的な姿に脳が拒否官能を起こしているかのように、意識が遠のきそうになる。小さい金属音がして真田君を見ると、いつの間にか抜刀していた。
真田君は顔色一つ変えることなく怪異を見つめたまま言った。

「お前たちは逃げろ」
「っでも副部長!」
「必ず精市を見つけてくれ」

柳君が私と赤也君の肩を掴んで、反対側へ向ける。
私たちが躊躇う間にも、上半身はずるずるとこちらへやってくる。
ふっと、その何かが顔を上げた。ばさばさの髪の間から、真っ赤に充血した目が光った。
咥えていた刀を片手で外して、それは喋った。


「ねえ……、足……、足を、ちょうだい?」


「先へ行け! 赤也!」
柳先輩が突き飛ばすように私たちの背中を押した。弾かれたように、切原君が私の手首を掴んで、真田君たちから離れるように走り出した。
「っなんなんだよ! アレは!?」
『あれはテケテケです! 電車に轢かれて下半身を失った女子高校生の都市伝説だと聞いています。寒さで血管が凍ったことにより大量出血で即死することなく、しばらく上半身のみで動き続けてしまった人間、が元になっていると言われています!』
「はあ!? それただ電車に轢かれた人間じゃん! なんで刀なんて持ってんだよ!?」
『テケテケは足を求めて彷徨うものです。足を切り取るために、大振りのハサミを持っていたり、鉈を持ってたりするそうです!』
「化け物かよ……!」
階段が見えてきた。切原君が振り返ろうとする。私は慌ててそれを止めた。
『振り返ってはいけません!』
「っ、あぁ、クソッ!」
切原君がスピードを上げる。階段を駆け上がる足が、どうにも重くてしんどい。階段を上りきって、二階の廊下へ出た時、突然人影が現れた。前を走っていた切原君がよけ切れず突っ込み、私もわずかに体を捩った切原君の体の前面に突っ込む。
倒れ込み、はしなかった。驚くことに、その人影が切原君と私を受け止めたからだ。
「ひゅう! さっすがジャッカル。ナイスキャッチ」
「はは、サンキュー」
「っ!! ジャッカル先輩〜〜!!」
二廊下で出会ったのは、丸井君とジャッカル君でした。


 

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