人気の消えた中庭で、ただしとしと滴の落ちる音だけが微かに聞こえている。水を含んで重たくなったローブが肌に張り付く感覚、けれどそれほど不愉快なものではない。私はゆっくり目を閉じた。なんとなく、センチメンタルに浸りたい気分だった。 息を吸い込むと、傍らで憂いと共にうなだれている露草の匂いが鼻腔を充たす。そして吐き出したとき、私に向かって躊躇いなく落ちてくる雨粒が唐突に遮られた。 地面に色彩を孕んだ影が落ちる。 「先輩、酸性雨って知ってますか」 「きみは私を馬鹿にしているのかね」 「まさか。気を遣ってるんですよ」 デリケートな頭皮にはあまり良くないらしいので、と言ってセンは笑う。 降り注ぐ水滴を避けていたのは、彼女の手にした黒い蝙蝠傘だった。せっかくの感傷を台なしにしてくれた私の可愛い後輩は、別段断るようなこともせず・さも当然のように私を自分の傘下へ招き入れる。 「これで先輩は私の支配下ですね」 「何か望みがお有りかな。マイディア」 「強いて言うなら、そういう冗談はやめてください」 本当に失礼な娘だ。 視線を泳がせて考える素振りを見せてはいるが、その実彼女の頭の中がもぬけの殻であることを私は知っていた。 自ら他人の懐へ飛び込んでおいて、捕まえようとすればまたするる・と摺り抜けていく。核心を突かれることから逃げるように、それでいて純真無垢な子供のように。 決して冗談などではない。彼女のそういうところが、いつだって私の心を離さず・放っておけなくさせるのだ。 「きみだけは、私の言葉のすべてを信じてくれて構わないよ」 「そんなこと言って、いつもからかわれる仕返しに一生ネタにする気でしょう」 「考えすぎだ。どのみちあと一年もせず、ここに私の居場所はなくなるのだから」 もしも本当のことを伝えたら、センはいったいどんな顔をするだろう。 「卒業したらナルシッサ先輩と結婚する、って本当ですか」 「……家の都合もあるから何れは、な」 「ふうん」 言葉に詰まった私とは違って、彼女はただぼんやりと生返事をしただけ。 「、……かないで」 ぽつり、と続けられたそれは、雨が傘を叩く音に掻き消されてよく聞こえなかった。 そこに入り切らなかった右肩は、依然として濡れそぼったままだ。 「これ、一年生のときに先輩に貸してもらったものなんですけど、覚えてます?」 「ついさっき思い出したよ。やけに女っ気のない色だ、と」 「すみませんね。女っ気がなくて」 彼女の白い指先が触れて、私の手に蝙蝠の柄を握らせた。そうしてセンは私を置いてゆく。冷えた空気の中を駆けてゆく。 そして、振り返った。 「お返ししますね」 その頬を濡らした滴は、なぜだか雨粒ではないような気がした。 |