「シリウス」 彼は普段、犬の姿で・私の部屋の隅を寝床としている。犬だけにやはり人間より感覚神経が発達しているのだろう、名前を呼ぶとすぐに目を覚ましたようだった。 びっしょりと汗をかき、僅かにだが声が震えている。そんな私を不審に思ったのか、シリウスは変身を解いて訝しげにこちらへ歩み寄ってきた。私はそんな彼の腕を力いっぱいに掴む。 「どうしたんだよ」 「嫌だ」 「落ち着け」 「嫌なんだ」 死んだはずの父と母がいた。そこでは、私は何もかも自分ひとりでやることのできない駄目な娘で、両親はそんな私を軽蔑の眼差しで見ていた。何度かキッチンにあった果物ナイフで喉元を掻き切ろうとしたが、実行に移せるだけの勇気もない。 無力な自分。けれど、逃げなかったのはただ怖かったから・という理由だけではなかったとやがて気付く。 私は、諦められなかったのだ。 「だれかに、あいされたい」 ぼろぼろとこぼれ落ちる感情を止められない、まるで赤ん坊だ。 そんな私の涙をせき止めるように、シリウスがゆっくりと背中に手を回してくれたのがわかった。広い胸に顔を押し付けてまた泣いた。もう駄目だ。 鳴咽に混ざって、ベッドのスプリングの軋む音が耳に届く。 「あんたは大丈夫だよ」 そう言われて、心がすとん・と落ち着いた気がした。 私は動転していたのだ。久しく人のぬくもりというものを味わってしまったばっかりに、いつか失うときをイメージして・少しだけナーバスになってしまった。 考えが巡るようになるとさっきまでの自分がやけに恥ずかしく思えて、私はシリウスの顔をまともに見られない。 けれどそんなときに限って、彼は今まで聞いたこともないような甘い声音で優しく囁くのだった。 「一緒に寝てやろうか」 「……いい」 「なんだよ、可愛くねえ女」 「うるさい」 「ちゃんと犬の姿になってやるから」 「……、う、ん」 お前は怖くないの。 私は彼に聞いてみたかった。なぜ、そんなふうに自分の家族を捨てられるのか。 だがそんなこと・本当は、聞かなくたって簡単にわかるはずだったのだ。 誰だって怖いに決まっている。 彼は、強かっただけだ。私と違い、「大切な何かのために生きる」ということを知っていた。ただ、それだけ。 「お前、ホグワーツじゃ相当のプレイボーイだっただろう」 「心外だな。俺は案外一途だぜ?」 黒くて暖かな毛玉は、両手で抱きしめるのにちょうどいい大きさだった。これなら、きっと今度はよく眠れる。 |