お嬢様の犬! | ナノ
「お嬢様」
「……何だ」

 嘆息しつつ言葉を返せば、セバスチャンはこれみよがしに私のそれよりもずっと大きな溜息を吐いてみせる。
 ああ、始まった。
 幼い頃から慣れたこととは言え・こう毎日毎日お咎めを聞かされていたんじゃ、そろそろ耳にタコができるというものだ。思わず肩を竦めれば、「それは淑女の振る舞いではございませんね」とまた叱られる。

「どちらへ行かれるのですか」
「仕事は全部終わってる。だから、今日はもう休みだ。休みの日にどこへ行こうと私の勝手だろう?」
「またそのようなことを……」

 久々の休日だ、たまにはマグルの町まで買い物へ出よう。ペットショップで子犬を見るのだ。私が、今そう決めた。
 世話焼きな元・屋敷しもべの説教なんて右から左へ聞き流してしまえ。
 もはや完全に無視を決め込んでお気に入りのトレンチコートに袖を通していると、彼は一層声を荒らげた。

「なりません。セン様は我がスケッチャーズ社の代表取締役である以前に、由緒正しきカタヤマ家の御令嬢なのですよ」
「仕方ないだろう、子供は生まれてくる家を選べないんだ」
「あなたはとても聡明で高貴な方です。だからこそ、それを利用しようと企む輩も世の中には多い。たとえば穢れた血、」
「セバス」
「……失礼を致しました」

 ばつが悪そうに咳ばらいをひとつしたセバスに半眼を送る。今まで仕えていた父の影響か、これは時たまこのような差別的発言をするからいけない。
 カタヤマ家といえば、代々多くの魔法使いに衣服を提供している大手アパレル企業・スケッチャーズを動かす純潔の名家だ。そして、私はその家の一人娘。
 三歳のときからずっと会社を継ぐための知識と・淑女に相応しい礼儀作法を教えられ、両親から多大な期待を受けてきた。
 私はそんな生活を居心地が悪いとは思わなかったが、いかんせん・父も母もちょっとばかり過保護すぎたのだ。

「ですがこのセバスチャン、お嬢様にもしものことがあったら、亡くなった旦那様と奥様に顔向けができません」
「わかってる」

 両親のことが大好きで、物心ついてからほとんど我が儘を言わなかった。
 そんな私がたった一度だけ、「犬を飼いたい」と駄々をこねた覚えがある。けれど、結局それは叶わなかった。
 私は犬アレルギーだったのだ。ふわふわの小さな身体を抱きしめて・みるみるうちに赤くなる自分の腕。それを見て、私は泣く泣く新しい家族を諦めた。
 こうして去年の冬に両親が亡くなり、私はこの屋敷にひとりきり。

「一人でいるには広すぎるんだ、ここは」

先程とは打って変わって寂しげな顔をする彼に苦笑を返し、玄関のドアを開けた。



「……ん?」



一面に広がっているはずのいつもと変わらない雪景色の中に、私はひとつだけ違うところを見つける。
 それは、足元に横たわる・一匹の黒くて大きな犬だった。



拾ってください