喜ばしいことです。と小皿に盛った犬用の食事をシリウスの前に差し出しながら、セバスが言った。ミルクに浸した食パンとコンビーフを混ぜただけのそれを、彼が内心ひどく嫌っていることを私は知っている。 心なしか不服そうな様子で鼻を鳴らす黒犬に微笑みかけながら、ミートパイをひと口かじった。 「私の躾の賜物だよ」 「そうですか。誰か様にも見習って頂きたいものですね」 さて、誰のことだか。 年末年始くらい休めばいいのに、セバスは相も変わらず日が暮れるまで私の後を付いて回っていた。仕事中、常に誰かの視線に付き纏われるということは、安堵よりもむしろ緊張を掻き立てるものだ。 「あんまり見ないで欲しいな」 「そうは参りません。あなた、目を離すとまたいなくなるんですから」 唐突に昔話を引き合いに出され、私は気恥ずかしさに肩を竦めた。 学生時代、最後に出席したブラック家主催のパーティで、私はお守役だったセバスの目を盗み・会場を抜け出したことがある。あのときは確か、後から父様と母様にばれてこっぴどく叱られた。「そのせいで、旦那様からタイを頂く日が三日も延びてしまったんですからね」と、セバスは今でも恨めしそうに語る。 「あれは楽しかったなあ」 料理の片付いた皿をセバスに預けると、シリウスの身体を小脇に抱えて暖炉のそばまで歩み寄る。 ソファに座った私の膝に彼は顎を乗せた。ゆっくり頭を撫でてやれば、気持ちよさそうに両目を細める。 「学生時代の友人に、彼の里親になってくれそうな子がいてね」 「ほう。それは」 「休暇が終わったら、そちらの方に預けようと思っているんだ」 「……寂しいんじゃないですか」 「はは。そんなこと、」 「寂しいに決まっているだろう」とは口に出せず、私はただ忘れもしないあの宴の日に思いを馳せていた。何もかもがもうすぐで終わる。 だから、 「さようなら、だな」 返事の代わりに一度だけ、黒い尻尾が力強く揺れた。 |