僕たちに明日はない | ナノ
 シリウス・ブラックは、あれから泣き止むまでずっと何も言わずに・私の頭を撫で続けていた。そのせいで、私は彼を殴るタイミングを完全に失ってしまう。
 彼はグリフィンドールで、有名な女たらしで、レギュの憎む人。けれどもともと、私自身はそこまでシリウスのことを嫌っていたわけではないのだ。接してみれば案外といい人なのかもしれない(ちょっと手が早いけど)。
 そんなことを思いつつも、なんだかんだで私は彼との交流を続けていた。……もしか、彼にレギュの面影を少なからず求めているのかもしれない。

「よお、セン」
「気安く呼ばないでちょうだい。あなたのことは許したけど、キスしたことは許したわけじゃないんだから」
「はは、いいさ。こうして話ができるだけでもめっけもんだ」

そう言ってシリウスは笑った。
 ここ数日、レギュと顔を突き合わせるのが気まずくて寮のテーブルとは少し離れた席で夕食をとっているのだが、そうすると彼は決まって何の断りもなく向かいに腰を下ろす。そして、つっけんどんな私の態度に気を悪くすることもなく食事を始めるのだった。
 彼の手がミートパイへ伸びる。

「あっ」
「どうした?」
「……別に」

食べ物の好みは似ているのだろうか。正反対とはいえ、兄弟だし。
 けれど、目の前のいけ好かない男にそんなことを聞くわけにもいかない。

「シリウスって、セックスさせてくれる女の子なら誰でもいいんだと思ってた」
「ひでえ印象だな。つうか女子がセックスとか言うな」
「私なんて構って、楽しい?」

私としては、全然・と厭味のひとつも言われるつもりでいたのだが。

「楽しいぜ」

しかし予想に反して、シリウスは屈託なく言い切る。返す言葉が見つからない。
 やっぱり、彼とレギュは別人なのだ。

「お前はどうして俺とキスしたくない?」
「別にあなただから、ってわけじゃない」
「好きなやつがいるのか?」

 好きなひと。
 そういう気持ちは、正直よくわからなかった。私の隣にはいつもレギュがいて、彼は「可愛い後輩」で。だけどそれでいて私は・彼以外を異性だと認識したことも、決してなかったように、思う。
 ずっと、彼だけを見ていた。レギュがどんどん立派になっていくのを見るのが嬉しくて、だけど寂しくて、彼をこうやって見守っていられるのがいつまでも私だけならいいのに・と思っていた。ずっと

「そばにいたいって思う人なら、いる」

今は、もう、叶わないけれど。

「バァカ。……それが好きってことだよ」

 そう言ったシリウスが銀色のきれいな目を細めてローブの袖で頬を拭うまで、私は自分が泣いていたことに気付かなかった。
 私は、レギュラスが好き。
 本当は心のどこかで知っていたのだ。けれど、この気持ちを認めてしまうにはもう何もかもが遅すぎて。



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