僕たちに明日はない | ナノ
 彼女と過ごした時間は穏やかで優しい記憶しかない。いつだって僕は馬鹿で、思っていることの半分も伝えられやしなかったけれど、それでも彼女は笑ってそばにいてくれた。「連れていって」と言えない僕の手を黙って引いてくれた。自分の隣でこんなふうに笑ってくれる人がいるだなんて、いつ考えても夢のような話で、手放したくない僕はただただ必死だったのだ。
 身長が一センチ・また一センチと伸びるたび、嬉しかった。ずっと憧れていた「彼女を守ってやれる男」に、少しだけ近付けた気がしていた。
 勉強にもより熱が入るようになり、彼女との時間は少し減ってしまったけれど、それでも僕は愛する人のための毎日に満足していたのだ。彼女がいればあとは何もいらない。僕は、兄さんのようにはならない。

「レギュラスくん、最近雰囲気が柔らかくなったよね」
「そうかな」
「そうよ。だからあなた、最近寮の女の子から人気あるの、気付いてる?」

 名前も知らない女子生徒が、そう言って頭を撫でる。なんとも嫌な気分だった。
 やはり彼女でなくては駄目だ。彼女でなくては、意味がない。けれど。

「先輩」
「あ、……こんにちは、レギュラス」

彼女が僕を避けているのは明らかだった。
 二人で言葉を交わしても、冷えた空気しか生まなくなってしまったのは、いつからだろう。覚えていない。
 それでも「どうして」と、「嫌だ」と、「好きなんだ」と言えない自分が悪いのだ。僕にできることといえば、何かと託けては彼女の腕を無理矢理掴んで引き回すくらいのもので、その情けなさを思うたびに眉間に皺の寄るのがわかった。

「……ごめんね」

今の彼女は、僕を見て昔のように笑ってはくれない。びくり・と震えた小さな肩が、どうしようもなく寂しかった。
 どんなふうに接したらいいのかわからない。だってこんなとき、彼女はいつも笑顔で僕に寄り添っていてくれたから。僕は彼女の優しさに甘えすぎていたのだ。そして、悲しませてしまった。
 僕にはもう、彼女と共にいる資格はないのかもしれない。彼女は、僕といても幸せにはなれないのかもしれない。



「シリウス・ブラックが好きなの」



だから彼女がそう言ったとき、兄さんに対する憎しみはほとんど感じなかった。胸の中に燻っているのは焦がすような痛みと、後悔と、自らへの憤りだけ。
 あなたが悲しい気持ちになるような、そんな自分はいらない。
 だけどその代わり、

「幸せに、なってください」

僕は上手に伝えられただろうか。



やっぱりうまくできなかった