僕たちに明日はない | ナノ
 今となってはもう、遠い日の記憶だ。

「それ、美味しい?」

 僕のフォークに刺さったミートパイを指差して、彼女は笑った。
 おかしな人だと思った。僕はブラック家の次男、血を裏切ったシリウス・ブラックの弟。周りの人間はすべて僕をそういう目で見ていたし、僕もそれを否定する気にはならなかった。
 両親の期待に兄の分まで応えなければならない。だが、そのために僕の周りに他人は必要ないのだ・とも、思っていたから。

「美味しいから食べているんです」
「なら、一人で食べるよりも二人で食べるほうが、きっと美味しいよ」
「一緒にパイを食べるような間柄の人は僕にはいません」
「あら。何のために私がいるのかしら」

 そう言うと彼女は僕からフォークを取り上げて、かじりかけのパイひと切れをたった一度ですべて口に放り込んでしまった。あからさまに不機嫌な視線を向けてみても、ただ嬉しそうに頬をもごもご動かすばかりで、まるで意思の疎通ができていない。

「……本当にいないの?一緒に食べる人。友達とか兄弟とか」
「兄ならいるにはいますけど」
「いいじゃない!」
「嫌いなんです、兄のことは」

きょとん・とした彼女は大きな目を数回ぱちぱちさせて、フォークをテーブルに置いて、しばらく考えるそぶりを見せたあと、僕の頭に手を添えながら嬉しそうに唇を歪めた。不思議と、そこまで嫌な気持ちにはならなかった。

「じゃあ、私がレギュラスのお姉さんになってあげるね」

 忘れもしない。その日から、彼女は僕の「特別」になったのだ。
 彼女とならいつまでも話していたい・そばにいたいと思わせてくれる、あたたかい人(しかし彼女はだいぶ鈍感だったため、本人が僕が心を許したことに気付いたのはもうしばらく経ってからだった)。
 多分、好きだった。今までも、これからもきっとずっと好きな人だ。幼心に僕は彼女を守りたくて、家の名に恥じぬ立派な跡取りになろうと決めた。今までずっと一人でやってきた勉強も、彼女がいる・そう考えればまるで苦ではない。

「先輩」
「ん?」
「先輩はそそっかしいんですから、僕のそばを片時も離れちゃ駄目ですよ」

 「ありがとう、レギュ」と頷いた彼女の顔がまだ焼き付いて離れなかった。
 本当は誰も悪くない、ただ、僕がどうしようもなく不器用だっただけだ。



絡まって埋没