僕たちに明日はない | ナノ
 言ってしまった。
 レギュはシリウス・ブラックを憎んでいる。彼のことを好きだと打ち明ければ、レギュは間違いなく私を軽蔑するだろう。
 結果、その考えは正しかったのだ。彼はもう私と目も合わせない。
 これでレギュは少しでも穏やかな気持ちでいられるだろうか。そうであればいい・と私は思う。それしか、彼のためにできることがなかった。
 数年前はレギュと並んで歩いた廊下を一人で歩く。トイレにこもって泣いているうちに思いのほか時間が経ってしまったようで、消灯前の構内に人気はなかった。

「何やってんだ」

 聞き覚えのあるような、それでいて聞いたこともないようなテノールに呼ばれて、声のする方を振り返る。
 真夜中の安堵を孕んだ黒髪・冷たい刃の輝きにも似た銀色の瞳、けれどその精悍な顔立ちはレギュとはまるで正反対。
 シリウス・ブラックは、私の不細工な泣きっ面に薄い唇を歪ませた。

「……あのシリウス・ブラックがスリザリンの生徒に何のご用?」
「目の前で女が泣いてるんだ、それ以上の理由があるかよ」
「いつもそうやって女の子を口説いているんでしょう」
「あ、わかる?」

正直、今一番会いたくない相手だった。どこまで厭味な男なのだろう、これがレギュの兄弟だなんて到底信じられない。
 だけどやっぱり顔のパーツは似ているな・と、思わずまじまじ眺めていたら、続けて彼はこうのたまった。

「お前、セン・カタヤマだろ」
「……だったら何」
「俺、ファミリーネームは嫌いなんだよ。だからシリウスって呼んでくれ」

そして高慢そうににやり・と笑う。嘘でもこんなやつを好きだと言った数時間前の自分を呪い殺したい気分だ。
 だけど、仮に私がシリウス・ブラックとそういう仲になったとしても、レギュはきっとなんとも思わない。
 そう考えたら、枯れたはずの涙がまた溢れてきて視界を歪ませた。

「……泣くなよ」
「う、るさい」
「お前本当に俺のこと好きなのか?」
「っ!な、んで、それ、」
「うちの寮のポーラ・ワトソンが図書室の前で言ってるの聞いたってさ」

これも彼を傷付けた私への罰だろうか。
 罰は受けて然るべきもの、それは自分が一番よくわかっている。
 わかっていた、けれど、私はこれ以上嘘をつきたくなかったのだ。

「あなたなんて大嫌い」
「……いいさ、それでも」

小さく微笑んだまま、シリウス・ブラックは私にキスをした。



柔らかな棘