僕たちに明日はない | ナノ
 ああ、駄目だ。
 涙目になりながら明日提出の課題に追われている最中、何やら見覚えのある黒髪が珍しく談話室へ入ってきたような気がした。ちらり・と気配のするほうへ視線をやれば、斜め向かいに座ってハードカバーを広げていたのは思ったとおりの彼で、やがてその無感動な銀色の目が私を捉える。
 こうなってしまったら最後。どうにもこうにも気分が落ち着かなくて、私はやむを得ず席を立った。

「どこへ行くんですか」

が、それもどうやら無駄な努力に終わったようだ。

「……珍しいねレギュ。人の多いところ、苦手じゃなかったっけ?」
「ここに来れば先輩がいると思ったので」
「そっ、か」

言葉尻をぎこちなくさせながら視線を逸らすと、掴まれた手首がぎりぎりと軋む。
 レギュラスは入学当初から、一人でいるのが好きな子だった。自分で周りに境界線を引いて、誰にも頼らず、何かに追われるように生き急ぐ姿が放っておけなかった。何度も何度も声をかけて、やっと少し心を開いてくれたときは、それはもう嬉しかったのを鮮明に覚えている。以来、彼は私の「可愛い後輩」になった。
 けれど時間の流れというものは残酷だ。
 ぐんと身長が伸びて・うんとかっこよくなった彼は、いろんな意味で私をどんどん追い越していく。口数が少なく物言いが辛辣なところや目付きの悪いところは相変わらずだったが、レギュの周りには確実に女の子が増えた。そして何をするにもブラック家の名が付き纏うようになり、今まで以上にグリフィンドールを・穢れた血を・実のお兄さんを憎むようになった。私はそんな彼が少し、怖かった。
 私の両親はマグルだ。彼はそれを知らない。今まで誰にも知られないよう、ひた隠しにしてきたのだから当たり前だ。そのことに対する後ろめたさも勿論ある。
 けれどそれよりも私は、「可愛い後輩」だったレギュが「知らない男の人」になってしまうのがただひたすら恐ろしかった。薄暗さに飲み込まれていく彼を、これ以上隣で見ていたくない。
 だから距離を置いたのだ。

「ちょっと、何」
「図書室へ行きます」
「えっ、でも、」

 その本さっき開いたばかりじゃない、とは、言えなかった。意気地の無い自分に内心で嘆息する。こんな私、レギュに嫌われても仕方ない。
 促されるままに手を引かれ、憂鬱な気持ちで談話室を後にした。



目眩くメランコリ