「何ですか?」 「ひとつだけ、お願いがあるんだけど」 彼女の「お願い」を全うするべく、渋々ながら中庭のベンチに腰をかける。落ち着いて本でも読みながら待つことにしよう。気負いしている・と勘違いされるのはまったく以って心外なのだ。 「……よう」 程なくしてやってきた兄さんは珍しく真面目な顔をして、至極ぶっきらぼうな所作で隣に座った。意図的に視線を合わせようとすると、すぐに逸らして頭を掻く。 それがなんだかおかしくて、僕は思わず声に出して笑った。 「わ、笑うな」 「兄さんでも人並みに緊張したりするんですね」 さっきまで変に構えていた自分が馬鹿みたいだ。彼女の言った通りだった。 羞恥で顔を真っ赤にさせた兄の間抜け面を見るのはこれが初めてで、僕は改めて・自分が今までどれだけのものから目を背けてきたのかを思い知らされる。 「……兄さんがグリフィンドールに入ったとき、僕はあなたに見捨てられたのだと思いました」 その気になれば、いくらでも話ができた。わかり合うことなんて、本当はもっとずっと簡単なはずだ。 「でも、最近気付いたんです」 だって僕と兄さんは、 「あなたはただ、選んだだけだ」 兄弟なんだから。 先程まで押し黙って僕の言葉を聞いていた兄さんは急に泣きそうな顔をして、僕の髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。それを甘んじて受け入れる。兄さんの背後・遥か遠方で、僕たちを見守っていた彼女がゆっくりと微笑むのが見えた。 今ならわかる。僕が彼女を選んだのと同じように、兄さんにもまた選ぶべきものがあったのだ。譲れないものが、あった。 だから僕に兄を責めることはできない。 「だいたい、セン先輩直々に・シリウスと仲直りしてほしい、なんてお願いされたら、断れるわけがないじゃないですか」 「……お前が俺の弟でよかったよ」 「ふっ。その言葉、あとで後悔しないで下さいよ?たとえ兄さんでも、彼女のことは絶対に渡しませんから」 空が青かった。こんな日には何もかもがうまくいきそうな、そんな予感がする。 歩みを止めぬ僕たちに、いつだって穏やかな明日は用意されていない。だからこそ、幸せは自分たちで作り出すものだ。たとえば僕と・彼女の手で。 「レギュ!シリウス!」 駆け寄ってくる彼女の笑顔を見ながら、僕はただそう思うのだった。 |