僕たちに明日はない | ナノ
 床にへたり込んでしまった私と視線を合わせるように、レギュがゆっくりと姿勢を低くする。彼のこういうところが、私はたまらなく好きだった。
 真夜中の安堵を孕んだ黒髪・冷たい刃の輝きにも似た銀色の瞳、そして、誰よりも傲慢に優しく私へ触れるその手。
 レギュだ。ずっと会いたくてたまらなかった、愛しいひとが目の前にいた。

「私の血は穢れてるの」

 恐る恐る絞り出した、その声はみっともなく震えている。
 だけど、私はレギュに自分の気持ちを伝えたい。そのためには、どうしても今話さなければいけないことだった。
 私の血を、「ブラック家の跡取り」……レギュは決して望まない。彼はもう、私の知っているレギュではない。
 ずっと、思い知らされるのが怖かった。だから逃げ続けていたのだ。

「レギュはどんどん立派になって、すぐにでも私の手が届かない場所まで飛んでいってしまいそうだった。もう二度と私のところになんて戻ってきてくれないような気がして、悲しかったの。それでも、あなたの重荷にはなりたくなかった」

 「私はレギュが好きだから」と、そう、続けようとしたのに、止まらない涙が邪魔をした。この期に及んで我が儘を通そうとした罰が当たったのだろうか。けれどこの機会を逃したら、私はきっと彼と向き合うことすらできなくなってしまうと思った。
 顔を上げて、滲んだ世界の中・レギュと視線を合わせる。唇を噛み締めると、彼はゆるゆると溜息を吐き出した。

「知っています、先輩のことなら何でも」
「えっ、」
「お察しの通り、僕は立派な跡取りになりたかったんです。……あなたのために」

それは、あまりにも予想外の言葉だった。

「僕があなたといることを、誰も咎めたりしない家。それを実現するには、まず僕自身が完璧にならなければならないと思っていました。誰よりも、何よりも、ただあなたが大切だから」

溜まったしずくを彼がそっと指で掬う。
 未だに信じられない心地がするのだ。だって、これじゃまるで、まるで。

「一度は手放してしまいましたが、やはり先輩を幸せにするのは僕でないと嫌です。僕はあなたのために他の全てを選択する」

 だから、あなたは。
 ようやくちゃんと見ることができた彼の顔は、いとおしいほどに優しい笑みを浮かべている。



「……僕を選べよ。セン」



答えるよりも先に、心が彼を求めていた。



ハッピーエンドのように