ホログラム | ナノ
 結局、睨み合っていたふたりはへらりと笑ったジェームズに各々流され、その場はお開きとなった。談話室から出ていこうとするとき彼から「シリウスがごめんね」と耳打ちをされたが、センはまったくもって腑に落ちないまま翌朝を迎えた。
 リリーに朝食を誘われたため、彼女と共にホールへ歩を進める。その途中で珍しく単独行動をしているリーマスと目が合ったので、彼女は躊躇いがちに手を振った。

「おはよう、セン」
「おはようルーピン。……残りの三人はどうしたの?」
「いや、それがね」

 センと仕掛人たちの顔合わせのあと、妙に彼女を意識しているシリウスを、咎めついでにジェームズがからかったのだという。「ばかみたい、これだから男の子って!」センもリリーに全面同意だ。
 案の定、シリウスは逆上した勢いで寮を飛び出していってしまい、未だに帰らないらしい。とすると、今は三人がかりで彼を探している最中といったところだろうか。

「そういうことなんだよ」
「……きみは、探してるふうには見えなかったけど」
「僕が動かなくてもジェームズがなんとかするさ。だいたい、悪いのはシリウスだ」

そう言ったリーマスの、柔和な笑みと言動があまりにミスマッチでおかしかった。おそらく彼はこういう人間なのだろう。穏やかな雰囲気は決して作為的なものではなかったが、ときに強かで頑固な一面もある。敵に回したらきっとシリウスの何倍も恐ろしい・とセンは思った。

「だから、よかったら朝食をご一緒させてくれないかな?セン、ミス・エバンズ」
「センがいいなら私は構わないわ」
「じゃあ三人で食べよう」

 グリフィンドールの生徒たちが集まっているテーブルの隅の席がちょうど三つ空いていたので、そこに座ろうと椅子の背に手をかける。だが、センがそうするよりも先に、椅子はリーマスの手によって引かれた。

「どうぞ、レディ」
「……ありがとう。でもその呼び方はちょっと勘弁して」

彼の厚意に甘えるように席へ着くと、ローブのポケットに何か小さなものを入れられる。尋ねるより先にリーマスは「チョコレートだよ」と言って、自らも(おそらく)同じものをひとかけら口に入れた。

「好きでしょ?ジェームズが言ってた」
「好き、だけど、私がきみにそこまでしてもらう理由がない」
「だってきみは友達だから」

僕は嬉しいんだ、と彼は続けた。

「僕の大切な彼らが道を違えそうになったとき、僕は何もできなかった。でも、これからはきみが止めてくれる」
「買い被りすぎだよ」
「ああ、信じてる。だから頼んだよ」

有無を言わせない目だった。彼女はリーマスとしばらく視線を重ね、それから諦めたように溜息を吐く。どう考えても、彼はとても「いいやつ」だ。

「ポッターたちはいい友達を持ったね」
「きみは?」
「……私も、かな」

 いつしか、彼女のささくれた心はすっかりと溶けきってしまっていた。



チョコレートの魔法