花泥棒 | ナノ


必然の中の偶然を願って


「自分の足で歩きたいだろ。」

サボはそう言って抱えていたアレットを下ろした。アレットはサボが後ろに付いてくる気配を感じながらゆっくりと歩き始めた。話しかけられることはなかったが背後から「すげぇな」「綺麗だ」とサボが一人感嘆の声を上げているのが聞こえた。


とてもよく晴れた日で、視界に広がる青い海を前に、アレットは今まで自分が悩んでいたこと全てがどうでもよくなって、国の貴族たちの汚い争いすらちっぽけなものに感じた。



「で、どうだ?ここに来た感想は。」

「すごく綺麗。私が思っていたよりもずっとよ。この島にこんなに素敵な場所があるなんて知らなかった。窮屈で汚い欲が渦巻く私の国とは大違い。」

「…おまえ、本当にそう思うのか…?」

「ええ、私みたいな考えの貴族は他にいないけど。私はきっと変わってるのね。」

「…変わっちゃいないさ。…アレットが『普通の人間』だと分かって安心したよ。」

「…どういうこと?」

「人の心を持った普通の人間、てことさ。」

そう言うサボの横顔はまたなんだか苦しそうで、しかしその瞳は強い光を持っていた。

「小さい頃から人の感情とか、言葉の裏に隠された本当の気持ちとか、そういうのがよく分かっちゃうの。」

「へぇ、なんかの能力か?」

「ううん、ただそういうのに敏感なだけだと思う。」

「じゃあ、おれの今の気持ちも分かるってのか?」

「うーん……なんか、幸せそうね。」

「ぷはっ。なんだそれ!でもそうだな、こんなに綺麗な景色を見られたんだ。あながち間違っちゃいねぇな。」



手に触れる海水は冷たい。
太陽の日差しが街や家にいるときも強く感じられてじりじりと肌に当たる刺激が強い。
一通り海岸を歩いたところでアレットは砂浜に腰を下ろし、サボもその隣に腰掛け同じように海を眺めた。

「サボ、海ってどれくらい広いの?」

「そりゃあもう、言葉じゃ説明できないくらいさ。」

「サボは海を旅しているの?」

「何も気ままに旅してるわけじゃない。おれは世界を変えたいんだ。人々が苦しんで、一部の富裕層だけがいい暮らしをしてる。アレットの国だけじゃない。今世界中が汚い欲望で溢れてる。」

「そう…ずっと革命軍にいるの?」

「あぁ、10歳から。なぜかそれまでの記憶はないんだ。リーダーのドラゴンさんに拾われてから世話になってる。
…アレットは?ずいぶんと良いところの家に住んでるみたいだな。」

「お父様が国の企業の社長なの。会社の繁栄のために、私はもうすぐ別の企業の社長の息子と結婚させられるわ。」

「へぇ、どんな相手なんだ?」

「今お父様が決めているところ。いろんな人と会って、一番会社にとって良さそうな相手と結婚する。私の気持ちなんてこれっぽっちも考えられてないけど。
だからここに来られて本当によかった!結婚したらいよいよ本当に来られなくなってたと思うわ。ありがとう、サボ。」

そう言って横を見ると、サボは意外にも悲しそうな顔をしていた。
「そうか、よかった。」と笑いながらも眉は下がり、来た時のような幸せそうな雰囲気は感じられなかった。



「サボ、本当にありがとう。夢が叶って、私とっても嬉しかった!」

アレットは帰りも同じようにサボに抱きかかえられて家に戻った。バルコニーに下ろしてもらってから再度お礼を言うと、彼は「へへっ」と得意げに、そして少し照れくさそうに笑った。

「私もう、一生の夢が叶っちゃったわ!」

「もう満足してるのか?また行けばいいじゃねぇか。」

「無理よ。自分じゃ行けないし、それに言ったでしょ。お嫁に行くって。」

するとサボは決まりの悪い表情で頭を掻き、しばらく言うか言うまいか自分の中で少しだけ悩んだあと、意を決したようにアレットを見据えこう言った。

「おれさ、しばらくこの島にいることになってるんだ。その、もしよかったらさ、またいつでも連れてってやるよ。あの海岸。」

「え…!?本当に!?嬉しい!ありがとうサボ!」

あまりの嬉しさにアレットはサボの手を取り飛び跳ねて喜んだ。それを見ていたサボと目が合う。彼はやっぱり幸せそうだった。


「明日がいいわ!」

「明日!?」

「ええ、毎日でも行きたいくらいよ!…何か予定があるなら全然構わないのだけど。」

「いや、そういうわけじゃないが…相当気に入ったみたいだな。」

「だって本当に素敵な場所だったんだもの!」

「あぁ、それはおれも同感だ。じゃあ、また明日同じ時間にここに来るよ。」

サボはそう言うと、来た時と同じように軽々と飛び上がり、家の外へと消えていった。
アレットは暗くつまらない日常に、明るい光が一筋差してきた、そんな気分だった。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -