運と命の展開図 | ナノ

43


日が西に傾き始め、赤く染まった水の都にぽつぽつと街灯が灯り始めた。しかし栄えた街は依然として人通りも多く活気づいている。
人々の話す言語こそ日本語だが、どこか西洋の国を思わせる街並みになぎさの心も軽くなった。同時に、船の空気に耐えかね、名目上ロビンの捜索として外に出てきてしまった事に少しの罪悪感も感じた。


結局どこを探してもロビンは見つからず、なぎさは船に戻ることにした。船に姿現しするために人のいない裏通りを探す。
ふと、なぎさは、誰かにつけられているような気がした。ロビンかと思い何度か後ろを振り返って辺りを見渡したがそれらしき人の姿はなかった。

気味が悪い。
もしかしたら、ロビンもこうやって連れていかれたのかもしれない…。

時は大海賊時代。略奪、殺人、人攫いは日常茶飯事だから気をつけるようにとナミに口うるさく言われている(かく言うナミもなぎさも海賊だが)。
この町の裏で何かが起こっている。そこにロビンが関わっていて、今一味は危機に瀕している。このままでは自分の身にも何かが起きかねないと踏んだなぎさは急いで裏路地を探した。わざと人ごみの中を移動し、ようやく見つけた人のいない裏路地に滑り込み、すぐさま姿くらましした。この世界に来てから身につけた方法だ。


「メリーはもう海に出られない」

頭の中にメリー号の甲板を思い浮かべた時にふとその事実を思い出したなぎさは、仲間の元に戻る度にいつも思い出していた景色がもうすぐ見られなくなるかもしれないと思い、心臓がぎゅっと押しつぶされるような感覚に陥った。
そして視界がぐにゃりと歪み、目の前の街並みが消えていった。



甲板は静かで、さざ波の音が静かに聞こえてくる。船内に灯りは付いておらず、誰もいないのだろうか、となぎさは首を傾げた。
その時、中からガシャーンと何が壊れた音が聞こえた。
急いで船内に続くドアの前に向かう。中から話し声が聞こえるが内容は聞き取れない。なぎさがドアノブを引くのと、中からウソップがドアを押し開けるのはほぼ同時だった。

「うわ、ウソップ、ごめん。…ん!?」

「おいウソップどこ行くんだ!!!」

船内から出てきたウソップをすんでのところで避けたなぎさには目もくれず、ウソップはずかずかと船を降りていく。それに続き残りのメンバーも慌ただしく中から出てきた。最後に出てきたゾロが険しい顔でなぎさを見つめた。

「ロビンは見つからなかったのか。」

「うん、人通りが少ないところも全部探したんだけど………え、えっと…?」

「後で説明する。」




「おれはこの一味をやめる」

「「!!?」」

「そんな…!?ダメよ!!待って!!」

「おい戻れ!!」

「え!?え!?行かないでくれよォ!ウソップーー!!」

「お前とはもうやっていけねェ…この船は確かに船長であるお前のもんだ…だからおれと戦え!!おれが勝ったらメリー号はもらって行く!!

モンキー・D・ルフィ!!おれと決闘しろォ!!!」

一体何が起こっているというのか。ウソップは目を覚まししっかりとした足取りで歩いている。しかし彼の口から飛び出した言葉とクルーの困惑した表情から、良くないことが起こっていることは明白だった。


          *****


「そうだったんだ…」

ゾロ、サンジから事情を聞いたなぎさは、メリー号の船首に目をやった。
船を買い替えることを決めたルフィとそれに反対するウソップが口論をし、メリー号を巡る決闘にまで発展してしまった。

今までのなぎさなら船をただの移動手段としての道具としか思わなかっただろう。しかし最初にこの場所に移動キーでやって来てから、何度も修復呪文をかけたり、ルフィに特等席に連れて行ってもらったり、縁で釣りをしたり、元の世界に戻れるのか不安な夜には人知れずメリーに語り掛けたり…。魔法で動いたり、喋ったりするわけではないにも関わらず、今やなぎさの中ではメリーも麦わらの一味の一人のようなものだった。もっと長くこの船に乗っている一味のメンバー…特にウソップのこの船に対する思い入れはこんなものではないだろう。

気付くとゾロとサンジの言い争いがヒートアップしていた。そこにいつものようなただちょっかいを掛け合うような雰囲気はなく、お互い今にも本気の殴り合いを始めてしまうのではないかという程の剣幕だった。

「―なんでその時お前の手で全員再起不能にしとかなかったんだ!!そしたらウソップが襲われて負い目感じることもなかったろ!!」

「やめてよ二人とも…。」

「だったらお前が買い物なんか行かずにあいつらと戦りあえばよかったじゃねェか!!」

「おれはコックとして必要な食料を―」

「やめてってば!!終わったことでしょ!!“逆転時計”があるわけでもあるまいし!!」

これまで出したことのない大声を出したなぎさに、ゾロもサンジも押し黙った。“逆転時計”という聞いたことのない単語に気が抜けたらしく、お互いバツの悪そうにプイ、と顔を背けた。その場にいたナミも、その「逆転時計」という魔法道具が一体何なのかを尋ねる余裕はないらしく、深くため息をつくだけだった。
ドアが開く音がし、全員がロビンかウソップなのではと淡い期待…もはや願いを込めて振り返る。そこにはチョッパーがひどく落ち込んだ様子で佇んでいた。

「…ウソップはどうだったの?」

「追い返された…“おれとお前はもう仲間じゃねェんだから船に帰れ!!”って…」

なぎさは大きな目から滝のように涙を流すチョッパーの元にしゃがみ込み、背中を撫でた。チョッパーの涙が床に落ち、大判のシミを作った。涙の跡をつける床板にはいたるところに傷や取れなくなった汚れがついていた。

「なんだかこの一味が…バラバラになっていくみたい…」


         *****


「約束の10時だ。ウソップが来るぞ。」

確かにウソップは時間通りにやってきた。ルフィとウソップの間に、もはやこれまで仲良く肩を組んでいたような、そんな雰囲気はなかった。

いざ始まっていれば、長い付き合いであるルフィ相手にウソップが押す展開になった。ウソップの綿密に練られた戦法にルフィは見事に引っかかり、体中に傷をつけていく。仲間同士が戦う姿になぎさは目を背けたくなったが、なんとなくそうしてはいけないような気がした。もちろんこの決闘に他のクルーが手出しをすることは許されない。
とはいえ、魔法で二人の動きを止めてもう一度きちんと話し合うよう言うことが出来ればどんなにいいだろうとも考える。なぎさはポケットの杖に伸びそうになる手を我慢し、ぐっと拳を強く握り締めた。

「無駄だ、なぎさ。」

なぎさの強く握り締められた拳を一瞥したゾロはルフィとウソップに目を向けたまま言った。

「あいつらが決めたことだ。決闘を止めてまた話し合いをしたところで何も決まらねェ。互いに譲れないものもある…。おれ達は決闘の成り行きに従うだけだ。」

再び大きな音と共に砂埃が舞う。本気で相手を倒すつもりで技を繰り出す二人になぎさが何かをしたところでまた二人を怒らせることは目に見えている。何かいい方向に事が向かうとも考えられない。
なぎさは、ただ隣で涙を流すチョッパーの頭を撫でることしかできなかった。



「ゴムゴムの…銃弾(ブレット)!」

大きな衝撃音と共に、ウソップは血を吐いて倒れた。結局力の差は歴然でウソップは膝から崩れ落ちた。ウソップも、半ばこうなることを知っていて自分から決闘を申し込んだのだろう。


「バカ野郎…!お前がおれに!!勝てるわけねェだろうが!!!」

地獄のような時間が続く。早く終わってほしいと願うのに、体感時間は信じられない程に長かった。ルフィは落ちた麦わら帽子を拾い、頭に乗せる。

「………メリー号はお前の好きにしろよ。新しい船を手に入れて…この先の海へおれ達は進む!!……じゃあな…ウソップ。今まで……楽しかった。」

酷く怪我を負ったウソップの治療に向かおうとするチョッパーをサンジが止める。決闘に負け、同情されることが男にとってどれだけ惨めなことか。今ウソップの元へ駆けよれば、逆にそれがウソップを苦しめることになる。

ルフィは俯いたまましっかりとした足取りで船に戻ってきた。表情こそ帽子で見えなかったが、ルフィの肩は微かに震えていた。

「重い…!!!」

「…それが船長(キャプテン)だろ…!迷うな。お前がフラフラしてやがったら、おれ達は誰を信じりゃいいんだよ…!」

なぎさは初めてルフィの弱さを見たような気がした。絞り出された彼の言葉には、計り知れない程の苦しさと悲しさが込められていた。自分に出来ることはなんだろう。一味のために。ルフィのために。
どんなに考えを巡らせても、その答えは出なかった。ゾロのように、何か言葉をかけてやることも出来なかった。




――いいかなぎさ!これは電伝虫って言ってな、遠く離れた奴とも会話が出来るんだ!


見たことのない道具の使い方や原理を教えてくれたのはウソップだった。明らかに嘘だと分かる武勇伝(チョッパーは全て信じていた)を添えての説明は魔法学校でのどの授業よりも分かりやすく面白かった。

どこで間違ったのだろう。
どうすればよかったのだろう。
これからどうすればいいのだろう。


甲板に、誰のものかも分からない複数のすすり泣く声が木霊する。
チョッパー、ナミ、なぎさ、そしてルフィ。
なぎさは、そのすすり泣く声が、…実際のところはどうかは分からないが、一人分多いような気がした。
ちらりと船首のメリーに目をやると、海水を被ったメリーが、まさに涙を流しているようだった。





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