もうじき島に到着するとクルーに教えられ、女部屋でナミの外出の準備をしていると、数発、銃声のようなものが聞こえた。が、それから特に戦闘が起こったような喧騒が聞こえてくることはなく、なぎさは不安に思いながらもじっと他のクルーを待った。
誰も戻ってこない時間が長く続き、様子を見に行こうかと思っているとバーンと勢いよく扉が開き、にっこりと満面の笑みを浮かべたルフィが部屋に入ってきた。
その笑みが何を意味するのかをすぐに理解できたなぎさの口角も自然と上がった。
ナミを助けられる。ーー
どうやらビビとルフィが島の人に頭を下げたことで上陸が許されたらしい。そこでゾロを船に残し、他のクルーはこの島の護衛をしているドルトンという男性に連れられ島に上陸した。
「一つ…忠告をしておくが…我が国の医者は…魔女が一人いるだけだ。」
「っ魔女!?…この国に、魔女がいるんですか!?」
「いいや、通り名だよ。」
「バカだなぁなぎさ、魔女はおとぎ話の話だぞ!」
「そう…そう、だよね。」
あのルフィに「バカ」呼ばわりされるのは些か心外だが怪しまれては困るので、なぎさは喉元まで出かけた反論をぐっと抑え口を噤んだ。
ルフィの言葉でここが確実にマグルの世界だということが分かった訳だが、こんなにも魔法に関して無法地帯な場所があるだろうか。結局あれから魔法省からの連絡もない。
ビッグホーンという村に到着した一行はドルトンの家に迎え入れられ、ベッドを借りてナミを寝かせた。体温計は依然40度を指しナミの顔色も依然として悪い。
この島唯一の医者、"Dr.くれは"は島で一番高い山"ドラムロッキー"の頂上にある城で暮らしており、気まぐれで村に降りてきては患者を治療し、代金として彼女の欲しいもの全てをもらっていくという。彼女はトナカイの引くソリに乗って山を下るという噂もあり、それが「魔女」と呼ばれる所以であった。
連絡手段もなく、彼女が次に山を降りてくるのを待つしか方法がない。
こういう時、マグルは不便だなぁとなぎさは思った。
ここが魔法界ならあれくらいの山、箒で飛んで行けばすぐに行けるし、行ったことがあれば“姿現し”だってできる。
マグルの日本では文明が進歩し交通手段はたくさんあったがこの世界はそうもいかないらしい。
「あのな、山登んねぇと医者いねぇんだ。山登るぞ。」
ナミを起こし無茶を言うルフィであったがナミ自身がそれを了承しルフィ、サンジがナミを医者の元へ連れていくことになった。
3人を見送った後、なぎさ達はドルトンからこの国の事を聞いた。
この島はワポルという男が国王であったが、「黒ひげ」と呼ばれる男率いる海賊たちによって滅ぼされた。聞き覚えのある名前に話を聞いていたなぎさ達は戦慄する。
ドラム王国に来る途中、メリー号を襲った海賊の船長だった。
しかもワポルの統制はなんともひどいものだったという。
しばらくして、Dr.くれはが山を下り村にやってきていることを知ったなぎさたちは、彼女に会うべくドルトンが操縦するソリに乗り込んだ。
なぎさ達はDr.くれはがいるというレストランに辿り着いたが、すれ違いでDr.くれはに会うことができなかったうえに、突如やってきた村人からワポルがこの島に戻ってきたことを告げられたドルトンが、血相を変えて銃を片手にどこかへと行ってしまった。
仕方なくなぎさはウソップ、ビビと共にソリでDr.くれはが向かったという島の反対側へと急いだ。
***
「…ウソップ、ビビ、あれは何…?」
ゴゴゴという地響きのような音と共に感じるソリの振動とはまた別の小さな揺れ。
雪崩だと気づくや懸命に逃げるも途中でソリが壊れてしまい走って逃げていたなぎさだったが、ビビやウソップとはぐれてしまった。背後にはすぐそこまで雪の壁が迫って来ている。
このままでは島ごと飲みこまれる…!
「プロテゴ・トタラム!〈万全の守り〉」
雪崩の方に杖を向け、呪文を唱えると、ドーンと低く唸るような衝突音が響き渡る。
雪崩は目に見えない壁のようなものにぶつかったかのように一度大きく雪を跳ねあがらせスピードを緩める。しかし再びなぎさの方へ突進してきた―――。
ふわふわとした何かに体中を包み込まれていて、もはや暖かさすら感じる。なぎさはっと起き上がると頭上からはらはらと雪が落ちていった。
あの後雪崩に巻き込まれたようだが死なずに済んだということは、あの呪文に少しでも効果があったということだろうか。
直後、「プハッ」と近くで誰かの声が聞こえた。声の方を見ると、なぜか上裸になったゾロが両腕で自分を抱きガタガタと震えている。
「ゾロ!?なんでこんなところに!?」
「あぁ?」
「いや、そんなことより!なんで上何も着てないの!」
なぎさは巻いていたマフラーを取りいっぱいに広げ、ゾロの肩にかける。何もしないよりはマシだろう。見ているだけで自分の体感温度が10度くらい下がりそうだった。
「あぁ、すまねぇな…ところでおまえ、さっきのは一体何だったんだ?」
「…さっきの?」
「あぁ、そのいつも持ってる棒で雪崩の勢いを止めてただろ?だからおれは助かったんだ。」
「…み、見てたの!?」
「あぁ。雪崩に飲み込まれる前にな。」
「…っオブリビエ…!」
杖を取り出し呪文を唱えるよりも先に、ゾロの手がなぎさの杖を弾いた。
杖は宙を飛び、ぽす、という間抜けな音と共に雪に突き刺さる。
「やっぱり何か隠してやがったか。…話は後だ。とにかくおれは服を着てェ…。」
ゾロは落ちた杖を拾い、ギロリとなぎさを一瞥すると、眉間に皺を寄せ杖をまじまじと観察した。まさかの事態になぎさは頭が真っ白になりただただ突っ立っていると、背後から誰かの足音が聞こえてきた。
「ビビ!と……ウソップ?」
ビビの隣の人物の顔はパンパンに晴れ上がり人の顔面の原型を留めていない。
そこから一際長く伸びる鼻が強調され、辛うじてウソップだということが分かった。
「なぎさのだ。持っておいてくれビビ。こいつ、まだおれたちに何か隠してやがる。」
「ええっ!でもこれは前になぎささんが自分の国のファッションだって…」
「どうだか…ファンションアイテムで雪崩の勢いを殺せることがあるか?」
「なにっ!?あの雪崩をか!?」
「だけど確かに…普通雪崩に巻き込まれたらまず生存は不可能よ…。なぎささんのおかげで私たち、助かったの…?」
「…偶然だよ。みんな運がよかっただけ…。」
「はっ、どうだか…。雪崩にその棒を向けて訳の分からねぇ言葉を喋ってた。雪崩の勢いが弱まったのもその直後だ。それに、おれに向かってさっき何かしようとしてただろ。」
「…わかった、話はあとで聞くわ。とにかく村へ戻りましょう。Mr.ブシドーもそのままじゃ寒いでしょう。」
***
村に戻ると、雪崩によって建物は雪に埋まってしまっていた。
人はたくさんいたが、村人とワポルの軍とで対立しているようだった。
状況を理解しているのかいないのか、ゾロがワポルの手下を襲いコートを剥ぎ取る。
ゾロはその後刀まで奪い、華麗な身のこなしでワポル軍を倒してしまった。
なぎさは一人で20人ほどの人たちを倒していくゾロのほうが魔法よりも恐ろしい力を持っているように思えてならなかった。
×