「え〜〜!!?“海賊王”の船にィ〜〜!!?」
「!!?」
「なぎさ!大丈夫!?」
「なぎさちゃん!よかった!」
ルフィが発した大きな声で、なぎさははっと目を覚ました。
銃で撃たれたハチは簡易ベッドに寝かされてチョッパーの治療を受け、なぎさもその隣に並べられた簡易ベッドに横たえられていた。
ルフィが大声を出したのは、オークション会場で出会ったギャンブル好きの老人…レイリーが、海賊王、ゴールド・ロジャーの船の副船長だったという事実を知ったからだった。
海賊王の副船長とだけあり実はかなりの有名人らしく、他のクルーもその名を聞いて絶句していた。ちなみにレイリーとハチは、20年以上昔にレイリーが海で遭難したところをハチが助けて以来の仲だったという。
「しかしよ、ゴールド・ロジャーは22年前に処刑されたのに、副船長のあんたは討ち首にならなかったのか…一味は海軍に捕まったんだろ?」
「捕まったのではない。ロジャーは自首したのだ…。」
レイリーは懐かしむような目を自分のグラスに向け、静かに数回回した。
ロジャーは公開処刑の4年程前から不治の病にかかり、ルフィ達も出会ったというクロッカスという男を船医として迎え入れ、治療を続けながら世界を揺るがす偉業を成し遂げたのだ。その後「船長命令」によってロジャー海賊団は解散。クルーは互いにどこで何をしているか、ほとんど分からない状態だという。
「残り数秒、わずかに灯った“命の火”を、奴は世界に燃え広がる“業火”に変えた。
あの日ほど笑った夜はない…!あの日ほど泣いた夜も…!酒を飲んだ夜もない…!我が船長ながら…見事な人生だった…!」
レイリーの口から語られたのは、この大海賊時代が作られた歴史ではなく、“ゴールド・ロジャー”という一人の男の生き様だった。
なぎさは、日本で当時生きていた人から話を聞いて戦争の恐ろしさを学んだように、たった今当事者から話を聞いて初めて、ゴールド・ロジャーの成し遂げたことの凄さを知った気がした。しかも、ルフィに麦わら帽子を預け、海賊になるきっかけを与えてくれたと言う「赤髪のシャンクス」と、ルフィ、ナミ、ゾロの顔見知りでもある「バギー」という男も、ロジャーの船に乗っていたらしい。
友達のハチを助けたお礼にコーティング代はただで良いと言い、作業を始めようと立ち上がったレイリーを、それまで黙って話を聞いていたロビンが引き留めた。
「レイリーさん、質問が…!“Dの意思”って、一体何…?あなた達は、800年前に始まる“空白の100年”に、世界に何が起きたのかを知ってるの!?」
「…ああ、知っている。我々は…歴史の全てを知った。だがお嬢さん。慌ててはいけない…。キミ達に今ここで歴史の全てを私が話しても、今のキミらには何もできやしない…!ゆっくりと世界を見渡して、その後に導き出す答えが我々と同じとも限らない。…それでも聞きたいと言うのならば、この世界の全てを今、話そう。」
「…いいえ。やめておくわ。旅を続ける。」
「何だいいのかロビン!?今、何かすげェチャンスを逃したんじゃねェか!?
…あの、おっさん!おれも1個だけ聞きェんだけど…
“ひとつなぎの大秘宝・ワンピース”ってのは本当に最後の島に…」
「ウソップ〜〜〜〜!!!」
それまで冷蔵庫の食べ物を懸命に漁っていたルフィがカウンターに立ち、この日一番の大声を上げた。
「宝がどこにあるかなんて聞きたくねェ!宝があるかないかだって聞きたくねェ!ここでおっさんから何か教えてもらうんなら、おれは海賊やめる!つまらねェ冒険ならおれはしねェ!」
ウソップの気持ちも分かる。
何かヒントでももらえれば。
ロビンだってそう思ってレイリーに質問したに違いない。
ここまで旅をしてきて出会った海賊王のクルー。偶然ではあっても、確かに一味が歩んできた軌跡の中で勝ち取った貴重な機会だ。
しかしルフィは、それすらも拒んだ。
「やれるか。キミに…“偉大なる航路”はまだまだキミらの想像を遥かに凌ぐぞ!敵も強い。キミにこの強固な海を支配できるか!?」
「支配なんかしねェよ。この海で一番自由な奴が、海賊王だ!」
ルフィの一寸の狂いもない眼差しに、レイリーは心底嬉しそうに微笑んだ。
「気分はどうだ?」
「まぁまぁ。…あ、ありがとう。」
ゾロが、カウンターに置かれていた水の入ったコップを手に取りなぎさの傍まで持ってきた。シャッキーがあらかじめ用意してくれていたらしい。ゾロからコップを受け取り一口飲むと、冷たい水が喉、食道を通り胃に流れていく感覚と共に、すっと心が軽くなっていくような感じがした。
「君には…すまない事をしてしまったね。」
「あ!これ…!」
「なぎさの杖か…!?」
レイリーはなぎさが座るベッドの傍にやって来ると、二本の棒を差し出した。なぎさの杖だったものだ。
「時々いるんだよ。君のような体質の人が…。本当にすまなかった。」
「いいんです。きっとまたどこかで見つけられるから。頼もしい仲間もいるし!」
政府側にも魔法使いや魔女がいたのだから、替えの杖もどこかで見つかるかもしれない。
しかも、自分には仲間もいる。
それだけで、なぎさには全てなんとかなるような気がしてならなかった。
なぎさがレイリーに笑顔を見せると、隣に立っていたゾロが、緩く手を乗せていた刀の柄の部分を、ぎゅっと強く握った。
コーティング作業は3日はかかるらしい。海軍…それも大将に追われることとなった一味は、3日間、各々逃げ回ることになった。レイリーのビブルカードを全員が受け取り、3日後にそれを頼りにサニー号へ集合だ。
遊園地に行こうと言うルフィを一同が目を吊り上げて制する。なぎさは、ルフィが言わなければ自分が言うところだったので、人知れずほっと胸を撫で下ろした。
「あ、ショッピングモール…。」
「なんだ?」
「ケイミー達とシャボンディパークに行ったから、ショッピングモールは後で回ろうと思ってたんだけど…向こうにある、でっかいやつ。」
「ナミとロビンと行きゃいいじゃねェか。」
「二人とも今日行っちゃってるの。あ〜あ、杖があって、海軍に追われてなければ一人でも行けたのに。」
「………じゃあ、行くか。今日は流石に海軍の監視が多いから、明日でどうだ?」
「え!?」
なぎさは勢いよくゾロの顔を見上げた。しかしゾロはただ前を見て歩くだけだったので、なぎさも前に向き直った。
「…荷物持ちしてくれるってこと?」
「バカ、用があんだよ。でけェ酒屋があるって聞いたんだ。それに、杖も売ってるかもしれないだろ。…何をそんなに驚いてんだよ。買い出しくらいよく一緒に行くだろ?」
「え、いやまぁ、そうだけど、なんか、さ…。」
デートみたいじゃん。
喉元まで出掛かった言葉を、なぎさはなんとか飲み込んだ。
よく考えれば、遊園地がダメならショッピングだって止められるはずだ。買い出しのつもりだから、ゾロはいいと言ってくれたんだろう。
浮き足立った自分が馬鹿みたいだ…。
なぎさはバクバクと無駄に忙しくなった心臓を深呼吸でなんとか抑え込んだ。
そして、ゾロが何食わぬ顔で前を見て歩き続けるのが、少し悔しかった。
「おー、思い切ったなゾロ。デートか?」
「はぁっ!?」
後ろで話を聞いていたらしいフランキーが、なぎさに向かって口角を上げて笑ってみせた。なぎさが再びゾロの方を見ると、今度は耳が真っ赤に染まっている。ゾロはばつの悪そうな顔をして乱暴に頭を掻いた後、「そんなんじゃねェよ…」とらしくもない小さな声でそう言うと、歩く足を速め前の方へ行ってしまった。フランキーは、取り残されたなぎさに向かって肩を竦めてみせた。
「ちとからかいすぎたか?」
「……大丈夫だよ。多分。」
なぎさはフランキーに笑いかけると、急いでゾロの後を追いかけた。
ゾロは再び隣に並んだなぎさを一瞬チラリと見下ろすと、また真っすぐ前を向いてしまった。たったの今まで早足だったのに、なぎさが隣に並ぶと分かった途端、なんだかんだ歩調を合わせてくれる。彼は、そういう男だ。
「ったくフランキーのやつ…。」
「ふふふ…じゃあ…ショッピングモールは行かない?」
なぎさは、仕返しの意味も込めてゾロの顔を覗き込んで意地悪に笑いかけた。ゾロも再びなぎさの顔を見つめたあと、深く息を吐いた。
「はぁ〜…そんなことは言ってねェだろ。
…………なに笑ってんだ、気持ち悪ィ。」
「ふふ…べーつに?」
嬉しくて、ドキドキして、なぎさは声を押し殺して笑った。
空中に浮かぶシャボンが、木漏れ日の光を反射してキラキラと光っていた。
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