運と命の展開図 | ナノ

85


ナミは軋む体をなんとか起こし、辺りを見渡した。
体は傷や砂埃だらけだが、被害者の会の人達含め、みな元気なようだった。特にルフィは、あれだけの無茶をしていたにも関わらずまるで何もなかったかのように回復しぴょんぴょん飛び跳ね、仲間達はその様子を見て口をあんぐりと開けている。
しかし、仲間全員がそこにいるわけではなかった。

ゾロとなぎさ。

ナミはくまの衝撃波を受ける直前、なぎさがくまに杖を向け呪文を唱える姿を確かに覚えていた。ここにいる全員がここまで無事なのは、きっと彼女が衝撃を和らげてくれたおかげだろう。くまに一番近い距離であの衝撃波を受けることになったなぎさがここにいないのはとても心配だった。
ナミは相変わらず元気に飛び跳ねるルフィを一瞥すると、なぎさを探して再び辺りを見回した。サンジも何かを探してどこかへ行ってしまった。ナミがなぎさを探していると分かったサンジは、ゾロを探しに行ったのだろう。

なぎさはすぐに見つかった。全てが終わり騒ぐ一同から少し離れたところで、一人座り込んで何かを見下ろしている。ナミは立ち上がってなぎさの元へと歩いて行った。

「なぎさ?大丈夫?………!?」

なぎさのすぐ傍には、なぎさがいつも乗っていた魔法の箒が落ちていた。
しかしそれは真ん中からポッキリと折れ、もはや箒と呼べるものではなくなっていた。
ナミは、その箒がなぎさにとってどれだけ大切なものなのかを知っていた。
箒で空を飛ぶスポーツをしていたというなぎさは、箒に乗っている時にこそ一番楽しそうな顔をしていた。

そんな、彼女にとって魔法の杖と同じくらい大切な箒が、折れてしまった。
なぎさは涙を流すわけでもなく、ただじっと無表情で折れた箒を見つめている。
そして、ナミが来たことに気付いたらしく、目線は箒だったものから外すことなく独り言のように呟いた。

「ブルックを助けた時にね、箒であの侍の刀を受け止めたの。箒はちょっとやそっとじゃ折れないように加工されてるから、咄嗟に。」

「ブルックから聞いたわ。」

「それで、もう随分ボロボロだったみたいで。最後のくまのあの攻撃には耐えられなかったみたい。」

ナミがなぎさの傍にしゃがみ込み背中に手を添えると、それまで無表情だったなぎさの目から大きな涙の粒が零れ落ちた。


***


モリア撃破から一夜明けサニー号に戻ると、奪われていたはずの食料が戻ってきたどころか、それ以上の食料が追加されていた。更には財宝も山ほど船に積まれている。ナミが見たことない程に顔を綻ばせ、財宝の山に寝ころんでいた。

モリアが去った屋敷は廃墟のようにボロボロだったが、被害者の会の人達も含めみな中庭に集まり、手に入れた食料で宴の準備を始めていた。
ほぼ瀕死と言ってもいい状態で見つかったゾロも今は少し落ち着いて、チョッパーの治療を受けながら眠り続けていた。

「こんなにダメージを残したゾロは初めてみた。命だって本当に危なかったよ…!やっぱり何かあったんじゃないかな。おれ達が倒れている間に。」

真実を知るのは張本人であるゾロのみ。その彼は今も意識を取り戻していない。

「チョッパー、みんなの所に行って来たら?私が代わりに見ておくから。」

宴はまだ始まっていないと言うのに、ルフィを筆頭にみな楽しそうに騒いでいる。
チョッパーは彼らの方をちらりと見た。

「けど、なぎさはいいのか…?」

「私は後でいいよ。さっきサンジの手伝いをした時にね、結構味見させてもらったんだ。みんなには内緒でね。だから行っておいで。患者の為にも、お医者さんが元気にならなきゃ。頼りにしてるよ、船医さん。」

「た…頼りにしてるなんて言われても、嬉しくねェよコノヤロー!」

チョッパーはくねくねと奇妙なダンスをすると、ルフィ達の元へ駆けて行った。
みな楽しそうに宴の準備をしていて、ルフィに至っては準備になっているかも分からないほどにはしゃぎ、そこにちょうどチョッパーも加わった。
なぎさは微笑ましいその光景をしばらく眺めた後、傍で眠り続けるゾロに視線を落とした。

人には、他人に話したくない事が少なからずあるものだ。
ゾロが話したくないならなぎさもそれを尊重したいとは思っている。
しかし、船医のチョッパー曰く、ゾロは生命の危機に陥るほどに傷ついていた。ゾロと言いルフィと言い、みんな仲間のために犠牲になりたがる。それを続けていては、きっとこれからもっと強い敵に出会った時、いつか取り返しのつかないことになる。

ほんの、好奇心、出来心だった。

なぎさは誰にも見られないように杖を取り出し、ゾロに向けた。
そして目を閉じて一度大きく深呼吸をすると、小さく呟いた。

「開心!レジリメンス!」



目を開けたなぎさは、上がった息を整えるため再度深呼吸をした。
手足が震えて上手く動かない。
そんな自分とは裏腹に穏やかに眠るゾロをしばらく見ていたなぎさだったが、やがて立ち上がり、中庭から飛び出した。

中庭の外は静かで、暖かい太陽が優しく降り注いでいる。なぎさは瓦礫に腰掛け、また大きく息を吐きだした。まだ心臓はいつもより忙しく動いている。

「なぎさちゃん。」

背後から足音が聞こえ、優しい声が名前を呼んだ。
宴の準備を一通り終えたらしいサンジは、「隣、いいかい?」とわざわざ聞いてなぎさの横に座ると、咥えていたタバコを手に持って息を吐きだした。

「何があったか分かったのか?…あいつに。」

「…開心術って言ってね、他人の考えてる事とか、過去とかが分かるの。あ、いつもやってるわけじゃないよ。ただ……。」

「あいつの心の中は知りたいって、そう思ったんだろ…?
……ごめん、今のは意地悪言っちまったな。」

サンジは携帯灰皿に小さくなったタバコを押し付けると、また新しいものに火をつけた。その横顔は、どこか寂しそうにも見えた。

「いや、深い意味はねェんだ、本当に…。おれはなぎさちゃんの意思を尊重する。そりゃあ、なぎさちゃんみたいな素敵な女性、あいつにゃ勿体ねェと思うがな…。」

「えっ…!?」

ボン、と急激に体温が上がり顔が赤くなったなぎさに、サンジはくすりと笑った。
そして、すぐにその特徴的な眉毛を顰め厳しい顔をした。

「おれにとっては、あくまでもなぎさちゃんが第一だ。なぎさちゃんがあいつをどう思っていようと、あいつがなぎさちゃんを傷つけようもんなら、おれはあいつを許さねェ。」

「そう言うサンジも、自分を犠牲にしようとしてたじゃん…。」

「ははは…かっこ悪いところを見られちまったんだな。」

「そんなことないよ!サンジだって…!」

「いいんだ。いいんだよ、ほんとに。」

ヒラヒラと手を振るサンジの横顔は笑っていたが、
前髪に隠れるその目が一体どんな表情をしているのかは分からなかった。
なぎさは、これ以上サンジをフォローしては逆にサンジを傷付けてしまうと思った。

「……聞いてくれる?ゾロに、何があったか。」


なぎさの口から語られる真実を、サンジは表情を変えることなくじっと森の奥の方を眺めながら聞いていた。なぎさが話し終わってからも、しばらく二人は動かず、サンジの咥える煙草の煙だけが穏やかに揺れていた。

「やっぱり開心術は簡単には使っちゃいけないんだ。」

「…?」

「ゾロが背負ったものを受け入れる覚悟が、私にはまだなかったみたい。」

幸せでいてほしい。
生きていてほしい。
大切な仲間だからこそ、いなくなってほしくない。
いくら夢の為だとはいえ、それで命を落とすなんて嫌だ。

ゾロがやったことは確かにすごい。
「ルフィは海賊王になる男だ。」
自分よりも有利な立場にいる相手に向かってはっきりと言ってのけ、命も惜しまなかった。しかし、それを素直に褒められない自分もいる。
どうしてそこまで背負うのか。ここまでする必要があったのか。ゾロが傷つかない別のやり方があったのではないか。

勝手に他人の心に入り込んで過去を見て、勝手に苦しくなっている。ゾロのあの行動のおかげで、自分達は全員無事でいられているかもしれないのに。
なぎさは、元の世界の一種平和ボケとも取れる感覚がまだ残る自分のわがままを心から呪った。

「それでいいとおれは思うけどな。」

「え…?」

「あいつは馬鹿だから、命なんてすぐ二の次にしちまうだろうよ。でも、野望とか信念とか関係なく、あいつを必要とする人がいるなら…ましてそれがなぎさちゃんみたいなレディなら…。むしろなぎさちゃんみてェな人ほど、あいつには必要なのかもしれねェな。」

「おーいサンジー!なぎさー!めし食うぞ〜!!」

ルフィが笑顔でこちらに手を振っている。
サンジはそれを見てふっと微笑むと、「よし、」と両膝を叩いて立ち上がった。
それは、船の上で見るいつものサンジの穏やかな笑顔だった。

「このことはおれ達だけの秘密にしよう。みんな無事で何より…それでいいんだ。」



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