「災いはなくなったし、やっと出港できそうだね。そうだライナス、魚人島って知ってる?私たち、そこに行きたいんだけど…。」
「ちょっと待ってなぎさ!」
洞窟の外に出ようとするなぎさを、ナミが引き留めた。
なぎさが振り返ると、クルー全員がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「えっと…どうしたの?」
「とぼけちゃって…んじゃルフィ、よろしく!」
「任せとけ!野郎共!準備はいいか!!」
「「おう!!」」
ルフィが、満面の笑みを浮かべながらなぎさに歩み寄った。
後ろに隠した両手には、何かを持っている。
「「なぎさ!誕生日おめでとう!」」
ルフィがそれを目の前に出すと同時に、楽しげな声が洞窟内に響いた。
ルフィの手には、ルフィの海賊弁当の弁当箱程もあるジュエリーボックスが握られていた。
金で出来たそれには、色とりどりの宝石が埋め込まれている。
「うわぁ…すごい…綺麗…!!」
「おれ達が一番にお祝いしたかったんだ!」
「なぎさ、マグルの道具を珍しがってよく買うでしょ?だからちょうどいいと思って!」
「おまえ数分で戻ってきやがるから、作るの大変だったんだぞ!な、フランキー!」
「あァ、だがこのおれにかかれば、スーパーな芸術品も朝飯前よ!」
「ニフラー達が、この洞窟の物はもう必要ないから使っていいって言ってくれたんだ。」
「私たちみんなでそれを飾る宝石を集めて、フランキーに作ってもらったの。」
「船に戻ったら、ケーキとなぎさちゃんの好物でまたお祝いだな。」
「…みんな…ありがとう!」
*****
なぎさの誕生日を祝う宴で想像以上に食料を消費してしまった麦わらの一味は、スフラギーダ島に1日滞在し、必要なものを集めて出港することになった。
小さな島だが商店街にはそれなりに店もあり、物資は十分に集まった。
しかしやはり魚人島に関する情報は何一つ得られなかった。
海岸から見える青色はどこまでも広がっている。
果てしなく遠いこの先に、分霊箱があるんだ――。
「なぎさ!なにボーッと海なんか眺めちゃって。考え事?」
「ナミ!……何笑ってるの?」
「ふふふ。なぎさ、変わったなーって。」
「私が?それは…18歳になったから?」
「まぁ、それもあるかもしれないけど?
…でも、本当に変わったわ。あんたの表情。強くなった。」
「そうかな?」
海の向こうを見つめるなぎさの横顔を思い出し、ナミはまた微笑んだ。
なぎさの瞳に宿った強い光に、ナミは確かになぎさが色々な意味で強くなったことを悟った。
「…それよりなぎさ、ゾロを連れてきて。もう出航の時間よ。」
「またいないの?しょうがないなぁ…行ってくる。」
バチン、という音と共になぎさが姿くらましし、ナミは先程のなぎさのように、遥か彼方の地平線に目をやった。隣にウソップがやって来て、同じようにキラキラと輝く海を眺めた。
「なぎさ、すっかり迷子回収係だな。」
「一番いろんなところに移動が出来るものね。それに、いつもゾロのいる場所がなんとなく分かるんですって。」
「へェ、そりゃごちそーさんって感じだな。」
「あんたも気付いてた?」
「まあな。」
ナミもウソップも、なぎさとゾロの事を考えると、嬉しいようなどこかむず痒いような、そんな気持ちになっていた。ロビンもフランキーも、恐らくなんとなく分かっている。ナミは、サンジもどこか察しているのではないかと思っていた。
「でもおれ思ったんだ。…おれ達、実はなぎさのこと何にも知らなかったのかなって。」
「そうね…なぎさは心の奥に、ずっと何かを抱えていたんだわ、最初から。私達、全然気づかなかった。」
「突然現れてルフィがぶっ飛ばしたあの一家のこと、教えてくれると思うか?」
「きっと教えてくれるわ。今度の宴の時にでもゆっくり聞きましょ。あの数分間で何があったのかもね。全部笑い話にしてやるのよ。」
*****
船を停めた岬の反対側にいたゾロを見つけると、なぎさは彼の目の前に姿現しした。
ゾロが特に驚く様子を見せなかったのは、そうやって彼が迷子になる度になぎさがいつも突然目の前に現れていたからだった。
「やっと見つけた。なんかまだ買うものあった?」
「いや、ちょうど船に戻るところだ。」
「船、反対方向なんだけどね。」
「…。」
「ほら、もう出航の時間だよ。」
「なぎさ。」
なぎさは、ゾロが怒っているのではないかと思った。
心当たりは全くなかったが、それほどゾロの声色がいつもと違った。
確かにゾロは険しい表情をしていたが、怒っているのではないとなぎさにはすぐに分かった。彼の耳が、今までに見たことのない程に真っ赤になっていた。
ぶっきらぼうに差し出された分厚い拳の下になぎさが手を添えると、
何か小さいものが落ちてきたのを感じた。
金や花を形作った白い宝石がキラキラと輝く小さいネックレス。
顔を逸らしたゾロの表情は、なぎさからは見えなかった。
「これ…もしかして、誕生日プレゼント!?」
あの日…クルーの皆がジュエリーボックスをくれた日、ゾロはなぎさと一緒に魔法界へ行っていた。自分だけ何も渡していないことを、どこか引け目に感じていたらしい。
「…気に入らねェなら捨てりゃいい。」
「まさか!!すっごくかわいい!ありがとう!」
「…待て、今付けるのかよ?」
「じゃなきゃいつ付けるの?」
「いや…。」
ゾロは再び顔を背けてしまった。珍しく口ごもり、「いや」とか「あー」といった言葉にならない言葉しか出てこない。
そんな彼が、なぎさは心底愛おしいと思った。
居ても立っても居られずなぎさが勢いよくゾロに抱き着くと、ゾロは「うおっ」と驚いた声を出したが、しっかりと受け止めてくれた。
海から運ばれてきた暖かい風が、木々や草花を優しく揺らした。
船に戻ると、案の定先ほどまで付けていなかったネックレスをナミとロビンが目敏く発見し、問い詰められたゾロの顔はまた茹でダコよりも赤くなった。
それからというもの、なぎさの母親のロケットは、クルーからもらったジュエリーボックスに入っている。
なぎさの首元には、新しく白い小さな宝石が光っていた。
×