23/4/25


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「熱に埋もれる・恋に落ちるギリギリ一歩手前・愛の重さは500グラム」
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校舎裏の外にある誰もいない水道は日陰になっていて、初夏の少し汗ばむような蒸し暑さは感じられない。ひんやりとした柔らかな風に乗って、野球部の掛け声や体育館で走る時のあの独特なシューズの音が微かに聞こえてくる。水道で手を洗っていると、ドタドタと誰かが走ってくる気配がした。

「おっ!○○じゃねェか!」
「あっ、ル、フィ。」

額に汗を滴らせたルフィが眩しい笑顔を向けてきたので、私は思わず背筋を伸ばした。体育祭準備委員の作業で色々とうまく行かないことがあり精神的に参っていた私は、それはそれはひどい顔をしていたはずだ。クラスメイト、しかも異性にそんな顔を見られるのは華のJKとして流石に恥ずかしい。

ルフィは底抜けに明るい性格とバスケ部のエースという肩書きから、クラス、学年どころか学校の人気者になっている。私は彼と同じクラスなので普通に教室で話すこともあるけど、どこかキラキラした別の世界の人間、という印象もあった。

ルフィは私が使っている一番端の蛇口とは反対の端の蛇口を捻り勢いよく水を出すと、豪快に顔を洗い始めた。部活の休憩時間らしく、全身汗だくなのになんだか爽やかで、こういうところが「別の世界の人間」だと思ってしまうところなのかなと思ってしまう。

「そういや〇〇、部活はどうしたんだ?」
「体育祭の準備。全然終わらなくて正直ヤバい。」
「おれなんか手伝うか?」
「…いやいい、大丈夫。」
「なんでだよ!大変なんだろ?この前だって手伝ったじゃねェか!」
「いやあ…ルフィは当日活躍してくれればいいよ。」
「そっか、じゃ任せろ、絶対におれが勝ってやる!」

以前ルフィが赤組の大きなパネルをダメにしてしまったことを思い出し、私は思わず水道の先の住宅街を見つめた。ルフィが壊滅的に不器用なことを知ったのはそのパネル破壊事件の時だった。それでもどこかみんな「しょうがないか」と許してしまう。彼はそういう男だ。

ルフィが練習着の裾を持ち上げて顔を拭いながらこちらに近づいてきた。チラリと覗く腹が目に入る。見てはいけないものを見てしまったような気がして、下を向いて手についたペンキを必死に洗い流すフリをした。
ルフィは私のすぐ後ろにある自動販売機の前で立ち止まると、しばらく「ん」と唸り、何かを買って取り出し口から取り出していた。プシュッと弾ける音がするあたり、炭酸の飲み物を買ったようだ。

「大変なんだな。」
「…まぁね。けっこう。」

あ、思ったより暗い感じになっちゃった。
流石に引かれたかも。
チャリンチャリン。
落ち込んでるって思われたくなくて、普通に振る舞おうとしたのに。
ピッ。
上手く笑えてたかな。
ガコン。

気分転換でわざわざ遠い水道まで来たのに、もっと卑屈になって、バカみたい。ルフィみたいな、明るくて自信たっぷりでいられるのが羨ましいや。

水を止めて、タオルで手を拭かないうちに名前を呼ばれたので声の方を振り返ると、
ルフィが右手を私の方に突き出してきた。白と青のラベルのペットボトルが握られている。

「釣りが出たから買った!○○炭酸嫌いだろ?」

突然のことで訳が分からずペットボトルとルフィを交互に見ていると、
にしし、とルフィは笑った。

「無理すんなよ!」

そう言ってルフィは体育館に戻っていく。その背中はいつも見ているよりも頼もしく見えて、なんだか力が湧いてくるようだった。

「ありがとう!ルフィも、頑張って!」
「…!おう!!」

彼の背中にそう叫ぶと、ルフィはこちらを振り向いた。私が今までにあまり出したことのない程の大声を出したからかルフィは一瞬少しだけ驚いたような顔をしたけど、やがてまたニカッと笑いペットボトルを握る右手を突き上げた。
ドカンと心臓が跳ねる。

ルフィの姿が見えなくなってからも、私は体育館へ続く廊下をしばらく見つめていた。あの笑顔が私だけに向けられたものだったと考えると、顔中に熱が集まって今にも溶けてしまいそうだった。ルフィにもらったドリンクを頬に当てる。乳白色の甘くて爽やかな飲み物。ずいぶん前に炭酸の飲み物が飲めない話をルフィも含めたクラスの何人かと話をした気がするけど、まさかそれを覚えていてくれたらしい。考えれば考える程に早まる心臓の鼓動と未だに熱い頬にペットボトルのひんやりとした感覚が心地良い。目を閉じると、彼の眩しい笑顔が蘇る。もう落ち込んでなんていなかったけど、この感覚を忘れてしまうのがなんだか惜しくて、私はペットボトルを顔から離した。もう少し、この熱に埋もれていようかな。
体育館から、ビーッという耳を劈くようなタイマーの音と、シューズと床の摩擦音が聞こえてきた。



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