まじないの花/2 02.六郎編
やだ……うそでしょう?
私は、手にしていた瓶があの時の薬だなんて知らなかった。だから、佐助が大慌てで私から瓶を取り上げようとしたんだ。でも、運悪く――。
彼らと同様に小さくなって泣きわめく声を一番に聞き駆けつけたあの人は、腰が抜けてべったり座る子供の姿を見て頭を抱えた。
「咲弥……ですよね?」
「うっ、うぅぅ……っ、ろくりょー? 私、ちっちゃくなっちゃったよ。うえぇん……」
どこからともなく不安・恐怖の波が押し寄せてくる。
あの時のお薬そのものだから絶対に元の姿には戻れるだろう。そのままということはまずないに違いない。
それでも、怖かった。大好きな六郎と目線が違うし、彼が私に対する態度や気持ちも変わってしまうことが。「子供」の自分に恋愛感情よりも、子を守ってやるんだという父親の感情のほうが強くなってしまいそうで。
畳にポタポタと涙が落ちた。
私は、次に言われる言葉を耳に入れたくなくて、震える手で両耳を押さえる。
「やっ……聞きたくない。聞きたくない! ろくりょー……」
目をギュッと瞑って横に首を振る。
そんな子供のまんまな私に、足の方からに響きが伝わってきた。等間隔でドン、ドンと。これが足音だと気付いた時、手首がつかまれて横に振っていた動きを止められた。私に痛みがあまりないように、でも力づくで、塞いでいた音を聞き取れるようにされた。おまけに一時的に閉ざした視界も解放された。
「ろ、ろくりょ?」
「はい、咲弥。あまり首を振り過ぎると痛めてしまいますよ」
「ごめんなしゃい……」
「わかってくれればいいのです。やはり、貴女はお利口さんですね」
やんわりと頬を撫でてくれる六郎は、昨日の六郎と何一つ変わらなかった。私のことを一番に大事にしてくれる、やさしいやさしい彼だった。
最後に「お利口さんですね」って、ちょっと子供扱いされた気分だけど、そのくらいなら時々あった。
「ふふっ、咲弥は可愛いです。大人の咲弥も、子供の咲弥も、どの姿も愛くるしくて……」
頬を撫でていた手は、いつの間にやら腰の方へ。
「いやぁ……っ、くすぐったいよ……っ、きゃっ!?」
がっしり力が入れられ、私の体が地面から浮く。そして、胡坐をかいた六郎の足の上に乗っけられた。
目を細めてにっこにこの笑顔を振りまくのと対照的に、口元は妖艶な笑みをちらと見せる。
再び頬に手を添えられ、お互いの鼻先が触れるか触れないかぐらいの距離にまで縮まった。
こんなふたつの対照的な顔をする人だったかと、酷くドキドキしてしまう。
「愛くるしくて……あぁ、食べてしまいたくなりますね」
本当に私に食べてしまいそうな勢いで口を開けた六郎は、真っ先に唇に喰らい付いた。上唇を自らので吸って挟んで、食すという名の愛撫をする。その後、すぐに別の感触がした。口内に舌が侵入してきた。歯茎をなぞられ、私の舌が絡み取られる。
「んっ……ぁ、ろくりょ……」
気持ち良い。
付き合ってまだまだ日が浅いから、こんなに深い口付けはしていなかった。ふつうの口付けでさえもたくさんはしていないのに。今の、この状況でしちゃうなんて。
――だから、六郎は。
目を見開くと、彼の瞳と合った。「ようやく理解しましたね」と言っているような視線を返され、頭を撫でられた。触れていた唇と唇が離れ、どちらのものかわからない唾液が糸を作った。
「子供の姿になったからと言って、貴女を嫌いになったりしません。それに、こうやって普通に口付けしますから、そのおつもりで」
ぺろりとその糸を切る六郎は、少しだけ意地悪な表情を浮かべた。
「でも、でもっ……この大きさじゃ私の方からちゅーってできない……」
「っ、心配いりません。今のようにすれば出来ますから」
――……一緒にこの場にいたはずの佐助は、実は一部始終を目にしていた。二人の行為が恥ずかしくて赤面しながらこっそりと抜け出したのは、佐助本人しか知らない。
[12/04/04]
第二章は、お二人(六郎と夢主さん)は恋仲になっています。佐助、乙。
[終]