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 まじないの花 08.才蔵編


※才蔵視点です


 今しがた、アナに言われた。
 体がなまってるから勝負をしよう、と。「咲弥の唇に早く触れた方が勝ち」という明らかに俺の方が不利な内容で。
 触れりゃぁいいんだろーが。触れりゃあ、って誘いを受けたものの……。んなこたぁ出来るわけがねえ。口づけだなんて――。
 しかも、負けた方は一日だけ勝った方のパシリになれとか言いやがった。アナのパシリにゃ、なりたくねえな。何されるかわっかんねえ。下手すりゃ殺されるな。
 
「何してんの、才蔵。考えてないで早く動きなさい。だから先を越されるのよ」
「あぁ、わかってらあ」


***


 ちくしょう。この間のあれは、ああいう状態だったから口づけまがいのことが出来たんだ。だが、今回は違う。
 どうしたものか……。面倒事に首突っ込んじまったな。
 ただ、勝負事は関係なしに、咲弥に口づけがしたいっていう思いもある。その前に、想いを告げてからだがな。
 そんなことを考えながら手を頭の上で組んで廊下を歩いていると、屋根に人影があった。
 ふらつきやがって、見てられっかよ。

「ったく――バカか、アイツは……」

 その人物が誰なのかは形でわかる。咲弥だ。咲弥しかいねえ。
 庭に降りて目で確認するも、俺の答えは当たっていた。

「おい、しゃや(咲弥)! 危ねえからさっさと降りてこい!」
「あ、才蔵! 下駄飛ばししてたら上にあがっちゃって。今から降りるところ……うわっ!?」
「しゃやっ!」

 言わんこっちゃねえ。アイツは足を滑らせた。
 時が進むのが遅くなったかのように、俺の方にゆっくりと落っこちてくる。この体で落ちてくる咲弥を支えきれるかは微妙なところだが、やるしかねえ。
 足先まで力を入れて、咲弥に手を伸ばした。上手く体をつかめた、と気を少しだけ緩めてしまった。
 ――油断した。
 俺の体が大きく後ろに反り返る。体勢を立て直そうと踏ん張ったが、支えきれなかった。
 そして俺達は仲良く池の中に。

「ぷはぁっ……才蔵、ごめんね。大丈夫?」
「あ、あぁ。問題ねえ……っ?!」
「ん? どうしたの?」

 水にぬれた淡い色の衣は咲弥の体にへばりついていた。体の線もハッキリとうかがえて、ちーっとな……胸のふくらみが露わになってる。
 どんなサービスだ、これは。
 ば、バカ……どうしてくれんだ? あん?
 本当に、口づけしちまうぜ?
 咲弥の膝の上によじ登って座り、艶やかなその顔にぴったりつく濡れた髪を払ってやった。

「しゃや……す、す……す、……きだ……す、すすっ!」

 その恰好は毒だ。目が回る。上手く言えねえ。

「す……っ!? いやぁぁー! 透けてるー!!」
「そ、そう……透けてんだよ! だから、ホラ、これ着とけ」

 いや、違うって。俺はそっちよりも、お前に想いを告げたかったんだが……。そっちに行ったんじゃ仕方ねえ。
 俺は自分の外套を脱いで、慌てふためく咲弥の肩にかけた。

「ありがとう、才蔵。……見たでしょ?」
「み、見てねえし!」
「だって、さっき、“す”っていっぱい言ってたもん」
「いや、だから、あれはそういう意味じゃねえから……」
「じゃあ、どういう意味?」

 そりゃ、ねえだろ。言えるかよ――。

「あ〜ら、才蔵に咲弥! 早くそこから出てきなさい! 風邪ひくわよ」

 そんな時、いきなり登場したのはアナ。
 ばったり会っちゃったみてえな口調だが、こりゃあ上から見てたんだな。目が笑ってんぞ!

「うん。そうする!」
「ええ、そうしなさい……さぁ、私の手に捕まって。才蔵も」
「あぁ」

 返事をする前に手を取られて、ぐいっと引き寄せられるが――。

「あら、ごめんなさいね。手が滑っちゃった」
「っ!」
「きゃっ……?!」

 俺が尻餅をついたのを見計らって、咲弥を瞬時にひねらせて突き放した。
 抱きとめようとするも、また二人で池の中。その時、唇に微かな温かみを感じた。それが咲弥の唇だと理解して気が遠のきそうになったが堪える。体を起こすと、アナの姿はもうそこにはなかった。
 あぁ、心臓がいくつあってももたねえ。 

[12/03/28]
完全にアナに遊ばれてますが、才蔵の背中を押しているのです。

[終]



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