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 あなたに白湯、を 才蔵編


「鎌之介のやつ、何やってんだよ」

 俺は知っていた。あいつに水をぶっかけたのは鎌之介だってことに。


 昼間に城からあいつが出ていくのが見えたからこっそり後を付けて行ったってのに。俺を後ろを鎌之介がついてきたんだ。
 気付かれないようにしろよ、そう強く言い放って咲弥を屋根の上から追って行った。
 こいつは何しに来たんだ?
 大人しくついてきているのが薄気味悪い。
 そう思った矢先、くすっと笑った鎌之介はどこからともなく水の入った桶を数個出すと、風の力で俺達の真下にいる咲弥目がけてそれを落としやがった。桶は当たらないように上手く操り、水だけを命中させて。見事にこいつの罠にはまった咲弥はずぶ濡れになった。
 成功したのが余程嬉しかったのか、俺の横でげらげら大笑い。「あっ、惜しい。そっちじゃねーんだよな。真上じゃなくて、犯人は斜め上側にいるんだってー! ははっ!」だとさ。
 ……意味わかんねえ。こいつは少しばかり理解不能だ。
 笑いが収まり、落ち着いたのかと振り向けば、「じゃーな、才蔵」と手をひらひらさせて疾風のようにこの場から消えていった。



 ――そして、今に至る。


「っくしゅん!」
「……まずは、これに着替えろ」

 うっかりして自分の部屋に連れてきちまった。今更戻るのもなんだし、とりあえず風邪をひかせないためにも俺は押入れから着物を引っ張り出して咲弥に投げつけた。
 い、いや、待てよ。
 ってことは……。

「ま、待て。堂々と脱ぐな」

 え、何で?
 って顔しやがる。
 あのなあ、確かに俺とお前はそういう仲だけど……さすがに、まだ……昼、だし。
 それに、そんな恰好を目の前でされてみろ。理性がきかなくなっちまうじゃねえか。
 あぁ、わかった。わかったから……潤んだ目で、迷子になった子犬みてえな目でこっち見ないでくれ。保てなくなる。

「あっちで後ろ向いてっから、とっとと着替えろ。バーカ」
「バカじゃないもん。でも、お借りします」
「ああ」 

 こういうとこが可愛いんだよな。今は口には出さねえが、な。
 俺はさっき自分であっちと指差した場所へ移動し背を向けると、畳に落ちた物音がした。着物の音、か。なんていちいち妄想してしまう。
 脱いだということは、あいつ、今何も着てねえってことだよな。そういや、俺、まだ咲弥の体をちゃんと見たことがねえ……。
 って、ばっ、バカか俺は!
 何くだらねえこと考えてんだ! バカだろ……俺。
 だが、見たくねえわけじゃねえ。
 俺も男だからな。
 いいだろ? お前は俺のものなんだから。

「咲弥」

 あいつの方に振り向けば、もう着物には袖を通していた。いや、「通しているだけだ」と言ったほうが正しいか。

「才蔵ー!」

 あ、まずいな。
 ものすごい勢いでこっちに走ってくる予感がする。飛び蹴りされる。俺は軽く身構えたが、その必要はどうやらなかった。

「これ、着るの難しいよ。私、普段着ってあまりこういうの持ってないから……着させてほしいな」

 あ、えーっと……咲弥、さん? どういうプレイをさせるつもりなんだよ。サービス良すぎだ。
 あー、だから、そんな顔で見んな。そんな恰好で見んなよな、ったく……。
 我慢できなくなるだろ?
 それでもいいのか?
 お前は俺を誘ってるって考えるからな、いいな?

「いいぜ、着させてやる。その前に」
「さ、才蔵っ!?」

 着させてやる前にすることがあんだろ?
 俺は咲弥の頬を両の手で優しく包み込んだ。触れた頬に熱を感じる。ああ、やっぱりな。耳も真っ赤だ。
 こういうところが――。

「可愛い」
「え?」
「可愛いって言ってんだよ、咲弥」

 この雰囲気は、もう……するしかねえな。
 合図なんてもんはいらねえ。自然と互いに瞳を閉じて、あとは触れ合うだけだ。
 呼吸をする音が耳をくすぐって、俺をますます昂揚させる。
 口づけまであと一秒。

 順調にいけばそうなるはずだったんだが、「失礼します」と凛とした声色とともに障子がスッと開いた。


「咲弥がずぶ濡れで戻ってきたと聞いて、白湯をお持ちしま、し、た……」

 唖然とした。
 さすがに六郎さんも驚いたという感じはしているものの、持ってきたという白湯を置く。

「失礼しました」

 何も見なかったといわんばかりの冷静さを装い、この場を去って行った。
 本当に、六郎さんってすごいっていうか、何て言うか……。
 それに比べ、ここのこいつは固まってるし。
 まあ、大丈夫だろう。
 それよりも、今は。

「六郎さんが持ってきてくれたんだ。これ、飲めよ。それとも、俺に飲ませてほしいか?」
「ばっ、ばかー!」

 この続きはまだ今度、な。

[12/02/24]
あ、着物……。きっとその後は才蔵にいじめられるからそのままなんでしょうね(笑)

[終]



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