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 まじないの花 08.六郎編


※六郎視点です


 ぽかぽかとあたたかい陽に照らし出された頃、若のために茶を注いでいた。
 手が小さいので少し不便なこともありましたが、この生活にもだいぶ慣れてきました。今だって、こうやって茶をなんらく注げますので。

「のう、六郎」
「はい。何でしょう、若」

 若がぽつりとつぶやく。それは、決まって戯れ言。「面白いことを思いついた!」と言っているようなものなのです。
 顔色をうかがうと、やはり、目が輝いていらっしゃる。
 扇子をぱちん、と閉じて私に向けると意味深な笑みを浮かべた。 

「ワシと勝負せんか?」

 今回は特にあやしい勝負事のように思いますが、拒否権はきっと私にはないのでしょう。強制参加させられるのがオチですから。
 湯呑みを若の前に置き、どのような内容ですかと尋ねると想像を遥かに超える答えが返ってきた。

「ごっほん……どちらが早く、咲弥に口づけをするかだ」
「わ、若……」
「期限は明日まで。出来なかった、あるいは負けたら罰ゲームだぞ。よいな? では、はじめ!」


***


 というわけで始まった勝負事。
 ――咲弥にく、くっ、口づけ……。

「そのようなこと、できるわけがありません! く、くくく、くっ、くち……づ……け」

 口づけだなんて。
 強引にしろとでも?
 目をつぶってもらうよう頼んで?
 それとも、あの時のようにこっそりと?
 若は何をお考えなのでしょうか。全くわかりません。
 縁側に座り、何と無しに足をぶらぶらさせた。心を落ち着かせようとしても一向に良くならなかった。
 答えが見つからず、堂々巡りをしているようで悪くなるばかりで。
 背後の気配を感じず、私は深くため息をついた。

「どうしたの? ため息だなんて、珍しいね」
「ハッ……! しゃや(咲弥)っ!?」

 いきなりの彼女の登場に驚いてしまいました。彼女はクスッと笑うと、私の隣に座る。

「六郎、元気ないね……。あっ、そうだ。飴でも食べる? これ、美味しいよ!」

 手のひらに乗せられたのは、いつも咲弥が袋に入れてある飴玉。
 持ち歩いているものではないはず。ということは、私のために持ってきてくれたのですね。
 あぁ――若に言われたのでしょう。本当に、私の主はずるい方だ。「勝負事」はただの口実だったとは。

「ありがとうございます。いただきます」

 空の色をした飴玉を口の中に入れると、不思議な味がした。甘いようで、酸っぱいような、今の私そのものの味がして。

「しゃや、これは……っ?!」

 そう聞こうとしたけれど、咲弥のした行動によって遮られる。
 若に言われたことを、目前の彼女がしたのですから。 

「……おまじない。早く六郎の悩みが消えますようにって」

 頬にぬくもりが残る。耳にはちゅっ、とした音までも。
 徐々に離れていく彼女に寂しさを感じ、とっさに腕をつかんで力を振り絞って引っ張った。
 ぐらっと体が倒れてくる。一瞬のことだけれども、ゆっくりゆっくりと時が進んでいるように見える。そして、咲弥は倒れた。私の上に覆いかぶさるようにして。

「あっ、え……ご、ごめんね! 今から退くから!」
「ま、待ってください!」

 下りようとする咲弥を急いで止める。

「私も……仕返し、してもいいですか?」

 咲弥の頬にかかる髪を耳にそっとかけてあげて、口元に触れるか触れないかぐらいの瀬戸際のところまで自らの唇を近づける。

「ちか、い、よ……六郎……っ?」
「ふふっ、そうですね」
「つ、付いちゃうよ……?」
「そうですね……。やわらかそうな果肉に見えて、おいしそうです。いただいてもよろしいですか?」

[12/03/16]
ちゅーはまだしてませんよ。六郎はこれから許可を取ってするみたいです(笑)

[終]



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