15
私と平助は、姿を消した山南さんたちを追って一足先に会津へ向かうことになったのだが……。
その道中、幾度となく辻斬りのうわさを耳にした。
道行く人を老若男女の区別なく斬り殺し、遺体を滅多切りにするという恐ろしい辻斬り。
……時には、斬殺された骸そのものを目にすることもあった。
おそらく、山南さんの血を飲まされ、羅刹に変えられた人たちも大勢いるに違いない。
彼は一体何を考え、何を成そうとしているのだろうか。
まさか本気で、北の地に羅刹の国を築くつもりなの……?
山南さんの血にまみれた足跡を追ううちに、私たちは会津の国へ辿り着いた。
そこで聞かされたのは……、会津での戦は敗北続きだということ。
そして白河城は、すでに新政府軍の手に落ちてしまったということだった。
会津藩といえば、かつて京都守護職だった松平容呆公が治めてらっしゃる藩だ。
新選組が京に上がった時からお世話になっている、大恩ある藩でもある。
私と平助は、会津城下のある一室で懐かしい人々との再会を果たした。
「おまえら、元気そうで何よりだな。途中で死んじまったんじゃねえかって、冷や冷やしてたんだぜ。」
「……何言ってんだよ、土方さん。羅刹のオレがそう簡単に死ぬはずねえだろ。一君も島田君も、無事だったんだな。……良かった。」
「……あんたもな。」
「いや、お二人共、元気そうで本当に良かったです。前途洋々とはいきませんが、こういう時こそ希望を捨てずに頑張りましょう。」
「千華ちゃん、元気そうで良かった!」
『千鶴もね!』
ぎゅっと千鶴と抱きしめ合う。
見知った隊士たちも、無事だった。
そのことは、とても喜ばしいけど……。
『あのさ、土方さん。ここに来る途中、瓦版で読んだんだけど、その、近藤さんが……』
その先を口にするのははばかられて、私は言葉を呑み込んでしまう。
だけど、私が言おうとしたことを察してくれたのだろう。
土方さんの双眸が、悲しげに細められた。
「…………ああ、助けられなかった。あちこち走り回って、幕府のお偉いさん方に頼み込んだんだがな。」
『…………そう。』
やっぱり、あの瓦版に書かれていたことは本当だったんだ。
近藤さんは、去る四月二十五日ーー板橋の刑場にて、斬首刑に処せられたという。
名誉の切腹ではなく、斬首。
武士としての生を全うしたいと思っていた近藤さんにとっては、屈辱的な最期だった。
相馬君と野村君は近藤さんの助命嘆願の為隊を離れた後、行方知れずになっているそうだ。
二人共、無事でいてくれればいいけど……。
「……土方さんはこれから、どうするんだ?元々、近藤さんを大名にする為に戦ってきたんだろ?それなのに……」
「近藤さんに託された物を、今更放り投げちまえるはずがねえだろ。失う物なんざ、もう他にねえしな。こうなったら、とことん戦い続けてやるさ。」
「……そうだよな。そうするしかねえよな。」
「それでだな、おまえらに見せておきてえ物があるんだが……」
土方さんは苦いため息を吐き出した後、懐から一枚の書状を取り出した。
「こいつは、仙台藩から会津藩に送られてきた書状の写しだ。」
私は平助と共に、書状を覗き込んだ。
その内容は……。
「仙台藩から、周辺諸藩への親書?【新政府ニ下ル事ヲ由トセズ】……?」
『新政府軍が迫ってきているけれど、決して屈しず、幕府方として最後まで戦い抜こう……ってこと?』
「まあ、そうだな。仙台藩は、会津を含む周辺の藩と奥羽越列藩同盟を結んでる。こいつは、その同盟諸藩に宛てて書かれた物だろう。」
「……内容はわかるけど、どうしてこれをオレたちに?」
「……最後の所を読んでみろ。」
「【新政府ヲ名乗ル輩ニ抗戦スベシーー】」
そこまで読み上げた時、突然、平助の言葉が凍る。
『どうしたの、平助……?』
平助の手にある書状が、小刻みに震えていた。
彼は喉を震わせながら、最後の署名を読み上げる。
「【仙台藩藩士ーー山南敬助】」
『ーー!』
山南さんが、この書状を……!?
私も平助もしばらくの間言葉を発するどころか、息をすることすらできなかった。
「……あの人が、どうやって仙台藩に入り込んだのかはわからねえ。だが、こうやって藩を動かすことができる立場にいるのは確かみてえだな。」
「…………」
「山南さんは元々、新選組総長だった人だ。……俺たちの不始末は、俺たちの手で片を付けなきゃならねえ。」
『私は、千姫を助けにいかなきゃいけないから、山南さんとの再会が叶うのはありがたいことだけど……』
「手を貸してやりてえところだが……俺たちは会津の比護を受けてる身だ。命令もねえのに、勝手に動くわけにゃいかねえ。新選組がこぞって仙台に入れば、妙な憶測を招きかねねえからな。」
『…………』
それだけではなくーー。
聞いたところによると、土方さんは先日の戦で足を負傷したと聞いている。
前線の指揮を一君に執ってもらっているこの状況で、仙台に向かうのは難しいだろう。
では、どうすれば……。
「……なるほど。オレを呼んだ理由がわかったぜ。土方さん、オレに仙台へ行けってんだろ?」
『ーー!』
平助の自嘲を含んだ言葉に、私の心臓は不穏な響きを刻む。
「……山南さんもオレも、本当なら、とっくに死んでた人間だ。だから、死人は死人、羅刹は羅刹同士で潰し合ってこいっていうんだよな?」
「平助君、そんな……!」
私の隣にいた千鶴が声をあげる。
いくら何でも、土方さんがそんな酷な命令を下すはずがない。
千鶴は助けを乞うように、土方さんを見つめた。
だけど、彼は……。
「……さすが、察しがいいな。おまえの言う通りだ。その命に代えても、山南さんを止めてこい。ーーいいな。」
「土方さんーー!」
千鶴が思わず、叫び出しそうになった。
土方さんは、あの時ーー山南さんが率いる羅刹と平助が戦った時のことを知らない。
血まみれになりながら大勢の羅刹を斬り殺した時の、平助の泣きそうな表情を見ていないのだ。
もし知っていたら……こんな命令を下せるはずがない。
「いくら何でも、無茶です……!平助君一人で山南さんを止めろだなんて。土方さんは平助君に、死ねって仰るんですか……!」
私は、千鶴の肩へと手を載せた。
『やめなさい、千鶴。』
「でも、千華ちゃん……!」
私は静かに首を横に振った。
「…………いいんだ。」
そう言った後、彼は土方さんへと向き直る。
「……どの道、山南さんには借りがあるし。オレにしかできねえ役目だってんなら、引き受けるしかねえだろ。」
快活で表情豊かなはずの平助の瞳は、投げやりめいたように色を失っている。
まるで、平助じゃないみたいだった。
「……そんじゃオレ、支度してくるから。」
私が千鶴の肩から手を離すのを見て、彼はやがてーーそのまま、出て行ってしまった。
「平助君、待って!」
「やめろ、雪村。……一人にしてやれ。」
厳しい声音で制されて、千鶴は土方さんの方を振り返る。
この命令は彼にとっても、本意ではない。
それはよくわかっているけど……。
「……新選組本隊から、人数を割くわけにゃいかねえ。今、動けるのは、表向き死んだことになっているただ一人の羅刹ーー平助だけなんだ。」
『だから、平助を向かわせるの……?』
「……一人で山南さんをどうにかできそうなのは、あいつぐらいだからな。」
一人で。
一人で仙台に向かって、一人であの発作に耐えて、一人で戦うなんてーー。
『…………油小路での戦いの時、せっかく助かったのに。』
「……他に方法があるんなら、そっちを採るがな。それができねえ以上、仕方がねえ。」
『土方さんは、本当に……平助だけで山南さんを止められるって思ってるの?』
「…………」
答えはない。
多分、命令を下した土方さんも、難しいと判断しているに違いない。
『だったらーー』
平助が、たった一人で死ななくてはならないのなら。
このまま、彼と二度と会えなくなってしまうかもしれないというならば。
『だったら……、私も一緒に行かせてください。』
「千華ちゃん!?」
「おまえを?」
『私は、千姫を山南さんの手から取り戻さなくちゃならないし、何よりーー平助を、一人で行かせるわけにはいかない。』
土方さんは、私の決意を測るように真っ向から視線をぶつけてくる。
私も、瞬きせずに彼の瞳を見つめ返した。
お互いの視線がぶつかり合い、やがて……。
土方さんは、根負けした様子で長いため息をつく。
「……元々おまえは、俺たちと一緒にいたくてここまでついてきたんだ。あの頃の全員がいるわけじゃないここに、おまえを繋ぎ止めておく理由もねえ。……いや、もうずっと前から、なかったのかもしれねえな。」
徐々にバラバラになり始めた皆にーーあの頃みたいに仲良くみんなでずっと一緒にいられると思っていたあの時とは違う。
私は、皆が一緒にいたから新選組に入って、ついていこうと決めたのだ。
この人たちの傍で信念を見たいと思ったから。
『土方さん……』
「……今まで、悪かったな。おまえは晴れて自由の身だ。平助の奴がやけっぱちにならねえよう、うまく手綱を取ってやってくれ。」
『ありがとう……!本当に……、ありがとう。土方さん……』
じっとしていられず、私は頭を下げた。
その頭を土方さんが撫でる。
「礼には及ばねえさ。……おまえも平助も、死ぬんじゃねえぞ。」
『ええ!』
私はもう一度、土方さんたちに一礼した。
「千華ちゃん……」
『千鶴……ごめんね、守るって約束したのに。』
「ううん、いいの。だから……気を付けてね。」
『ええ。』
千鶴の頭を撫でて、土方さんたちに一礼した後ーー。
そのまま、部屋を出たのだった。
ふすまが閉まる前にチラリと見た土方さんは、こちらを見て微笑んでいて。
私は、暖まる心に笑みを浮かべながら空を見上げたのだった。
もしかすると皆とは、二度と会えないかもしれないけど……。
それでも、後悔はない。
少なくとも、私が一緒に行けば、平助を一人で死なせてしまうことはないのだから。
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