03
そして、翌日。
伏見奉行所に意外な訪問者がやって来た。
『あっ……』
「こんにちは、千華ちゃん。しばらくぶりね。」
『千姫……?どうしてここに……それに、君菊さんも。』
「局長殿に用があって参りました。取り次いでいただけますか?」
『あっ……、近藤さんは今、話ができる状態じゃないの。土方さんなら……』
「じゃあ、土方さんでいいわ。」
『わかった……今、会えるかどうか聞いてくるよ。』
こんな時に尋ねてくるなんて、何の用事なんだろう……?
何か不安なものを感じながら、奉行所内にいる土方さんの元へ向かった。
場所は広間へと変わる。
「……意外な客があったもんだな。本来ここは部外者以外立ち入り禁止なんだが……今日は一体何の用だ?」
「ごめんなさい。どうしても、今日しなければいけない話があったものですから。」
『あの……私、お茶淹れてくるよ。』
「いえ、話が終わればすぐお暇するから、お茶は要らないわ。それより、あなたもここにいて。……あなたにも聞いておいて欲しい話だから。」
『え、ええ……』
一体、何の話があるっていうんだろう?
千鶴は自室にいるみたいだし、私は壁に寄りかかりながら座って、不安に思いながら皆の話に耳を傾ける。
「話というのは、他でもありません。羅刹のことなんです。」
「…………」
【羅刹】という言葉を耳にして、土方さんの目の色が変わる。
「単刀直入にうかがいます、一体いつまで羅刹をお使いになるつもりですか?」
「いつまで、とは?」
「これだけ長い間、彼らを使役しているんですもの。わかるでしょう?……羅刹は失敗作で。幕府側も、そう認めています。あれは、あなたたちの手に余るもの。これ以上、羅刹にも鬼にも関わるべきではありません。」
「……失敗かどうかは、使ってる俺たちが決めることじゃねえのか?こっちでも、幕府とは別の方法で羅刹の改良を加えてるところだ。あんたらにごちゃごちゃ言われる筋合いはねえよ。」
「……では、あなたたち新選組の羅刹が、見廻りと称して辻斬りをしているのはご存知ですか?」
「……何?」
君菊さんの言葉に、土方さんは一瞬だけ狼狽した様子を見せる。
だが、すぐにまた怜悧そのものの顔になりーー。
私に知っているか、という視線を送ってきた。
無言で首を横に振る。
「そりゃ、どこでつかんだ情報だ?」
「それに関しては、お答えする必要はないと思いますわ。ただ、信頼できる筋から得たとだけ言っておきます……羅刹化して血に狂ってしまう症状は、全く改善されていないご様子。都の治安を守るのが、あなた方の役目ではなかったかしら。そんな方々が、血を得る為に罪のない民を斬るなんて、本末転倒もいい所ですわ。事が公になって民心が離れる前に、羅刹たちを処分すべきです。」
「…………」
君菊さんの言葉は正論そのもので、土方さんも切り返す言葉が見つからない様子だ。
あまりに重い話題に、部屋の中は水を打ったように静まり返ってしまう。
でも……、本当なんだろうか。
羅刹が血を得る為に、辻斬りをしているなんて……。
だけど、もし千姫たちが言うように羅刹隊を無くしてしまうことになったら、山南さんや平助が……。
……土方さんは、何て答えるつもりなんだろう?
私は、はらはらしながら事の成り行きを見守る。
「……とりあえず、この話はここで保留ってことにして、もう一つの用件に移らせてください。」
千姫はそう言って、不意に私の方を振り返る。
「千華ちゃん。ここを出て、私たちと一緒に来ない?もちろん、千鶴ちゃんも。」
『えっ……?』
「前にも同じことを言ったけど……あの時と今じゃ、状況が変わっちゃってるでしょ?」
「……近い内に、京は戦場になります。逃げ出すのなら今の内ですわ。」
『…………』
もうすぐ戦が始まるというのは、わかりきったことではあるけど……。
こんな風にきっぱり断言されてしまうと、やっぱり衝撃が大きい。
「お願い、私たちと一緒に来てちょうだい。ここの人たちじゃ、戦になった時、あなたを守り切れるとは思えないの。」
「おい、そりゃどういう意味だ?俺たちが非力だって言いてえのか。」
「耳が痛いかもしれないけど、事実でしょう。もし風間がここに来たら、あなたたち、彼女を守れるんですか?もしかしたら、薩摩や長州の兵たちと戦っている間に来てしまうかもしれないんですよ。」
「…………」
「……それに、彼女はあなたたちとは違う。鬼なんですから、同族の私たちと共に来るべきです。私たちなら、彼女を安全な場所で守り抜くことができますから。」
彼女は再び私に向き直り、念を押すように言い聞かせてくる。
「ね、一緒に行きましょう。あなたが私たちと共に来てくれれば、この人たちも戦いに専念できるわ。」
『あ……』
千姫の言葉に、気持ちが揺らいでしまう。
確かに、戦が始まろうとしている今ーー。
私がここに居続けるのは、新選組にとって良いことではないのかもしれない。
新選組幹部だからって、戦の時、風間が襲ってきたら一人で対処できるかって言われたら否だ。
たとえ次期頭領で鍛えられていたとしても、男と女の力には差がある。
それが鬼なら、尚更だ。
だけど……、ここにいたいという気持ちも、まぎれなもない私の本音だ。
『…………』
どう答えるべきかわからなくて、私は土方さんへと視線を向ける。
「…………」
何か思うところがあるのか、土方さんは無言のまま目をそらしてしまった。
私は……、どうすればいいんだろう?
やっぱり、千姫の言う通り、ここを出て行くべきなんだろうけど……。
わかってるはずなのに、なぜか言葉が喉の奥に引っかかったまま、出て来ない。
……本当は、ここを離れたくない。
たとえ、いつか終わってしまうはかない日々だってわかっていても。
本当は鬼としてじゃなくて……、人として生きたいって思ってる。
次期頭領になるとは、決めたけど……今は、まだ……。
「千華ちゃん、どうして黙ってるの?さっきも言った通り、あなたはここを出た方が……」
『…………』
千姫は優しく言ってくれるけど、私は顔を上げられない。
そんな時、土方さんがまるで、私のためらいを見抜いたみたいにーー。
「……出て行きたくねえんだろ?」
『えっ、あ……』
「だったら、余計なことを考える必要はねえ。ここにいりゃいい。」
『で、でもさ、いいの?私がここにいても……』
私がいたら、風間がここに来るかもしれないのに……。
「何度も同じことを言わせるな。この二人と一緒に行ったところで風間に居場所をかぎつけられねえ保証はねえんだろ?……奴は、俺たち新選組にとっても敵だ。同じ敵を相手にするんなら、一箇所に固まってた方が効率がいいじゃねえか。」
土方さんは不機嫌そうな表情で言ってるけど、この発言の意味って、つまりは……。
『私……、ここにいてもいいの?』
「愚問だ。迷惑だと思ってたら、とっくに放り出してる。」
その言葉に、私は心の底からほっとする。
『あ、ありがとう……!』
もうすぐ戦が始まってしまうかもしれない状況で、私に何かできるのか、ずっと不安だったけど……。
土方さんは、ここにいてもいいって言ってくれたのだ。
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